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Posted by 桜咲凛香(さくりん) on  | 

「日本国憲法」改正方式の害毒 ―小山常美先生の記事より―

周知・拡散推奨

日本国憲法に対して問題提起をされている小山常美先生のブログからポイントとなる部分を抜粋し、転載させて頂いたものを周知します。

日本国憲法と偽称する【怪文書】に対して【日本国憲法改正】として行なった場合の害毒を6点ほど掲げておられます。

害毒というのは、つまり国益を損ねる問題に発展する、日本の為には良くないという意味合いで書かれておられるようですが、国益を損ねるということは、私達国民の生活にも大きな影響を及ぼす事が考えられます。 

憲法というのは国家の最高規範であり、この最高規範を基に国家運営が成される。

本当に憲法と偽称する日本国憲法を改正して自分たちの子供や孫(子々孫々)の為になるのかどうか・・・ 日本国民として幸せに暮らしていけるかどうか・・・

(・∀・)<今一度、小山先生の主張(私には警告とも感じ取れます)を読まれ、憲法改正問題についてもじっくり考えてみられる必要があるのではないでしょうか!日本国民として・・・。将来の日本を背負って立つ子供たちの為にも。

私は今回、小山先生の記事を拝見させて頂き、改めて考えさせられました。やっぱり【日本国憲法改正は危険である!】と。



小山先生の記事から一部抜粋し、転載させて頂きました。
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自民党「憲法改正」原案提出のニュースに接して―――私はなぜ「日本国憲法」無効論にこだわるのか―――
http://tamatsunemi.at.webry.info/201005/article_7.html



「日本国憲法」改正方式の害毒(第一章第一節)

 憲法改正には二つの方式がある。一つは、最も正統な学説である「日本国憲法」無効論に基づき、明治憲法を復元改正する形で改憲を行う方式である。二つは、理論的に極めて難点のある「日本国憲法」有効論に基づき、「日本国憲法」を改正する形で改憲を行う方式である。現在、自民党や民主党は、「日本国憲法」改正方式で憲法改正を進めている。だが、この方式は、日本国に様々な害毒を流すと考えられる。

 そもそも、「日本国憲法」は、GHQがつくった「憲法」である。このようなことを言うと、「保守派」の人々からは、何を当たり前のことを言っているのか、という声が聞こえてきそうである。だが、GHQがつくったということの意味を正確に理解している人は、一体、どれだけいるのだろうか。

  
憲法改正議会も自由意思をもっていなかった

 今日の一般的な認識によれば、GHQは、日本政府にGHQ案を「押し付け」て、これを基にして帝国議会提出の政府案をつくらせたけれども、帝国議会には自由な審議を保障したことになっている。確かに、改憲派ならば、「押し付け」という点を強調してGHQがつくったとする傾向があるし、護憲派ならば、自由な審議ということを強調して「日本国憲法」を民定憲法と位置づける傾向がある。このような違いがあるとは言え、右の認識は、憲法改正派から「護憲」派まで、幅広く共有されていると判断してよいだろう。

 だが、自由な審議が行われたというのは、まったくの誤りである。そもそも、一九四六年一月四日に出されたGHQの公職追放令により、三八一名、八一・八%の衆議院議員が追放されていた。党派別に見れば、進歩党二七四名中二六〇名が、日本自由党四三名中三〇名が、社会党一七名中一〇名などとなっている。彼らは、四月におこなわれた総選挙への出馬資格を失ってしまう(増田弘『公職追放論』岩波書店、一九九八年)。

 総選挙の後も、議員追放は行われる。GHQは、総選挙で第一党になった日本自由党総裁の鳩山一郎、幹事長の河野一郎(河野洋平の父)など八名の国会議員を、直接に追放する。また、GHQの公職追放令を実施するために日本側が設置した中央公職適否審査委員会も、七月一五日に民政局に報告した段階で、貴族院議員百六十九名、衆議院議員十名を追放していく(前掲増田)。したがって、議員たちは、いつ追放されるかという恐怖の中で、憲法改正について審議していたのである。


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http://www.geocities.co.jp/Bookend-Yasunari/7517/nenpyo/yougo/koshoku_tuihorei.html

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日本の戦後はGHQの公職追放から始まった(H19.1.24)



 一九九五年(平成七)年になってようやく公開された、政府案の修正をほとんど行った衆議院憲法改正小委員会の議事録によれば、日本側による修正も、一々、GHQによる承認が必要だったし、GHQからの修正要求にはまったくさからえなかった。しかも、この点を、少なくとも、主要な議員たちは明確に認識していた。議員たちは、主観的にも客観的にも、完全に自由意志を持っていなかったのである。
 

害毒①無法な暴力に道を開く

 つまり、「日本国憲法」は、正真正銘の占領憲法であり、せいぜいGHQが作った占領管理基本法であり、独立国の憲法としては無効な存在である。それゆえ、無効な「日本国憲法」の第九十六条が定める改正手続きで新しい憲法を作っても、純理論的には、やはり無効憲法である。新憲法下でも、必ず憲法無効論が登場するだろう。また、「日本国憲法」の場合と同じく、新憲法を胡散臭いと感ずる意識は日本国民の中に残存していくだろう。したがって、この方式で作られる憲法は、やはり憲法としての正当性及び正統性を回復できない。正当性及び正統性を回復できないことが、第一の害毒である。

 しかも、言うまでもなく、「日本国憲法」改正方式の前提は、「日本国憲法」有効論である。それゆえ、「日本国憲法」改正を行うということは、軍事力を背景にした外国によって押し付けられた「憲法」なるものを、日本国家が有効と認知したことになる。とすれば、今後再び外国に占領されて「憲法」を押し付けられても、拒否できなくなるのである。

 占領憲法さえも有効となれば、今後、暴力革命とクーデターによる憲法制定も有効なものとなる。結局、「日本国憲法」改正方式をとれば、暴力革命やクーデターに加えて、外国による侵略といった無法な暴力に更に道を開くことになるのである。つまり、いかに改正を重ねようとも、「日本国憲法」は正統性及び正当性を得ることは出来ないのである。


害毒②歴史偽造の継続

 第二の害毒は、「日本国憲法」成立過程をめぐる歴史偽造が更に続くことである。日本占領下の検閲を担ったCCD(米軍民間検閲支隊)の検閲指針は、第三項目で、GHQが「日本国憲法」成立過程で果たした役割について記すことを禁止していた(江藤淳『閉された言語空間』一九八九年、文藝春秋社)。

 米軍の検閲指針に忠実に、憲法学は、かつては、米国が「日本国憲法」の原案を作成した事実を隠していた。この事実を書かざるを得なくなっても、憲法学者たちは、GHQの原案「押し付け」を正当化する為に、松本案は明治憲法の微修正版であるとか、国民世論がGHQ案を基に作成された政府案を支持していたとか、いろいろ、いかがわしい史実を作り出していく。そして、彼らは、GHQは議会による自由な審議と修正を許した、と嘘をつき続けてきている。

 「日本国憲法」成立過程に関する歴史偽造は、実は、一九九〇年代以降、その程度をますます強めてきている。一九九九(平成一一)年度、二〇〇〇年度、二〇〇一年度の司法試験委員の中で、憲法概説書の単著を著している神戸大学の浦部法穂、明治大学の吉田善明、中央大学の長尾一紘、東北大学の辻村みよ子、東京大学の高橋和之、慶應義塾大学の大沢秀介の六名が語る成立過程史を検討して見ると、そのことがよく分かる。

 六名とも、GHQ案を原案とした帝国議会提出の政府案を国民が支持した、と語っている。たとえば、吉田氏は、「三月六日に発表された『憲法改正草案要綱』は、国民主権を内容とし、戦争放棄を規定したことからあまりの進歩性に驚きながらも歓迎したものが多い(傍線部は引用者、以下同じ)。その後、この要綱を争点に衆議院選挙が行なわれ、多数の国民の支持をえる」(『日本国憲法論新版』三省堂、一九九五年、四四頁)と述べている。

 別に珍しい叙述ではないが、傍線部には驚かされる。当時の日本は占領下で言論の自由も表現の自由もなかった時代であり、当時の国民は食べるのに精一杯で憲法どころではなかった。また、北海道第一区等八選挙区の調査では、選挙公報で政府案について意見表明していた候補者は、全体の十七・四%にすぎない。憲法学者たちは、国民世論の支持という虚構の史実を作り出していくことによって、何とか、「日本国憲法」有効論を維持していこうとしているのである。

 このような憲法学の影響か分からないが、中学校の平成十四~十七年度版公民教科書も、驚くべき「日本国憲法」成立過程史を語っている。たとえば、帝国書院は、「日本国憲法にこめられた願い」の小見出し下、「日本国憲法は、悲惨な戦争を二度とくりかえすまい、という国民の願いから生まれました。」(九七頁)としている。帝国書院によれば、「日本国憲法」は、GHQと関係なく、日本側が一から十まで自主的に作ったものである。

 さらに注目されるのは、日本書籍の叙述である。日本書籍は、GHQの関与を正当化するために次のように言う。すなわち、「日本が再び侵略戦争をしないようにする」(八五頁)ために、GHQは明治憲法の改正を考え、「各政党や市民たちの手でつくられていたさまざまな憲法改正草案を参考にして、新しい憲法草案を作り、政府に示した。これをもとにして、新しい議会の審議をへて……施行されたのが、……日本国憲法である」(同)とするのである。しかし、GHQは、あくまで、米国憲法や人権宣言を基本的な参考文献として草案をつくった。傍線部は、一種の歴史偽造である。日本書籍は、侵略戦争論とともに、成立過程に関する歴史偽造によって、「日本国憲法」を正当化するのである。

 右に見てきたように、小委員会議事録を公開した一九九五(平成七)年以降も、いや、これ以降はなおさら、国民一般は、全くデタラメな「日本国憲法」成立過程史を教え込まれていることに注目されたい。「日本国憲法」改正方式をとれば、「日本国憲法」を有効なものとするために、現行教科書や現在の憲法学と同じく、「日本国憲法」成立過程に関する歴史偽造をさらに続けなければならない。そして、いかがわしい作られ方をした「日本国憲法」を持ち上げるために、明治憲法体制を貶める歴史偽造をさらに続けなければならなくなる。要するに、日本近代史に関する歴史偽造を続けなければならない。およそ、歴史教科書の改善など、望めなくなることに注意されたい。


害毒③国体を破壊し、独立国に必要な元首を失う

 明治憲法体制を貶める歴史偽造が続けば、当然に明治憲法的な思想、表現は忌避されることになる。十月二十八日に発表された自民党憲法草案を見ても、前文を「日本国民は、自らの意思と決意に基づき、主権者として、ここに新しい憲法を制定する」と始め、象徴天皇制は、これを維持すると続けている。そして、第六十五条は「行政権は……内閣に属する」としている。このように、自民党案は、政治的権力としての内閣と象徴としての天皇を規定していても、政治的権威を欠如させている。

現行憲法および自民党改憲案比較表
http://www.dan.co.jp/~dankogai/blog/constitution-jimin.html

 だが、独立国の憲法は、政治的権威としての元首を規定しているものである。日本が千五百年以上も独立国であり続けてきたのは、権力を持たず権威に純化した天皇が国家最高の位に存在し続けた、という日本の国体があったからである。明治維新はもちろんのこと、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康による全国統一にしても、三英雄の実力とともに、天皇という政治的権威の力によって成し遂げられたものである。それゆえ、政治的権威としての「万世一系ノ天皇」は、「無二ノ資本至大ノ宝源」(井上毅)なのである。

 にもかかわらず、象徴天皇制を採用し、政治的権威としての天皇を捨ててしまって良いのか。GHQに象徴天皇制を押し付けられたところで、日本の国体は傷ついても破壊されはしない。だが、日本自らの意思で象徴天皇制を採用すれば、国体は破壊され、その修復は甚だ難しくなる。国体が破壊されれば、日本国そのものが滅亡していくことも充分考えられよう。そして、このまま自民党主導で「日本国憲法」改正がなされれば、後世の歴史家は、自民党が国体を破壊したと評価するようになろう。

 自民党さえも天皇を政治的権威として位置づけないわけだから、民主党や社民党・共産党、公明党は推して知るべしであろう。「日本国憲法」を前提にして憲法を作る限り、国体は破壊されるだろうし、独立国に必要な元首も規定されることはないだろう。この点が第三の害毒である。

  
害毒④反日主義的な思想が継続
  
 第四の害毒は、第二、第三の点と関連するが、反日主義的な前文の思想が継続することである。「日本国憲法」改正方式では、「日本国憲法」を前提にして新憲法が構想される。そのため、第九条改正は為されるだろうが、日本国を道徳的な下層国として位置づける「日本国憲法」前文の思想はそのまま残るだろう。

 前文は、第一段の出だしで、「日本国民は、……政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうに(傍線部は引用者、以下同じ)することを決意し」と述べ、第二段で「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と述べている。このように、前文は、日本国を「戦争の惨禍」を引き起こした「侵略国」と位置づけ、連合国を「平和を愛する諸国民」と位置づけた上で、戦力放棄の思想を述べている。つまり、日本国は、「日本国憲法」によって、道徳的に「下層国」と位置づけられているのである。

 このように、「日本国憲法」前文には、日本人を差別する反日思想が色濃く現われていることに注目されたい。

 前文の思想にしたがって、昭和二十年代の公民教育も、「侵略戦争」を反省したから戦力放棄をしたのだと述べていた。たとえば、日本書籍は、「第3章 世界大戦と国際連合」の中の「第1節 日本は武器を捨てた」の節見出しの下、「日本は侵略国として、東洋を戦火のうちにまき込み、多くの生命と財産とを犠牲にし、多くの罪のない人々を不幸のどん底におとしいれた。……」(⑫巻、百二十一頁)と記した上で、戦争放棄を導き出していた。

 その後、昭和三十年代になると「侵略」の語は減少していき、昭和三十七(一九六二)年度以降には消滅する。だが、一九八二(昭和五十七)年の教科書誤報事件をきっかけとして、今度は、歴史教育が、満州事変以降の全戦争を「侵略」と位置づけるようになる。

 そればかりか、歴史教育を牛耳ってきた左翼「護憲」派は、前文の思想に忠実に、日本国を道徳的な「下層国」として位置づけ、戦力放棄の思想を正当化しつづけるために、「犯罪国家」日本という物語を拡大再生産していく。その代表格が、朝鮮人七十万人「強制連行」「南京大虐殺」、そして朝鮮人「従軍慰安婦強制連行」という三つの虚構である。たとえば、中学校歴史教科書は、昭和五十三年度以降には朝鮮人「強制連行」七十万人説を、一九八二(昭和五七)年の教科書誤報事件以降には「南京大虐殺」を、一般化させていく。そして平成九年度には、「従軍慰安婦強制連行」という、日本人が作り上げた最大の虚構を語り始めるのである。
 
  
害毒⑤全体主義的な憲法ができる

 第五の害毒は、全体主義的でグロテスクな新憲法ができるだろうことである。

 民主主義には、「自由主義的民主主義」と「全体主義的民主主義」の二つのタイプがある。「自由主義的民主主義」は、英国の名誉革命を元祖とし、英米、特に英国を中心に行なわれている。「全体主義的民主主義」は、フランス革命を元祖とし、共産圏やファシズム国家で完成した。「自由主義的民主主義」は、モンテスキューを思想的元祖とし、国家権力の自由主義的運営に重点を置き、権力分立や間接民主主義の原則を堅持する。米国や英国などは、国民代表制を重視しながらも、直接民主主義により国民が暴民化することを恐れたからである。「自由主義的民主主義」のキーワードは、立憲主義である。

 これに対し、「平等主義的民主主義」は、ルソーを思想的元祖とし、国民又は人民の政治参加の拡大、政治への直接参加に重点を置き、直接民主主義をきわめて重視する。その結果、「平等主義的民主主義」は、毛沢東やポルポトの例に端的に見られるように、暴民を積極的に生み出し、きわめて苛烈な支配である全体主義を生み出した。もちろん、暴民を生み出すときのキーワードが、人民主権または国民主権、特に人民主権である。

 自民党憲法草案を見ても、前に引用したように「日本国民は、自らの意思と決意に基づき、主権者として、ここに新しい憲法を制定する」と前文を始めている。国民主権というものを「日本国憲法」以上に強調していることに注目されたい。しかも、前文の第二段落では「国民主権と民主主義、自由主義と基本的人権の尊重及び平和主義と国際協調主義の基本原則は、不変の価値として継承する」としている。

 自由主義的民主主義を目指すならば必要な、間接民主主義及び三権分立の原則が欠如していることに注目されたい。あるいは、「自由主義」の中に間接民主主義及び三権分立の原則を含めているとみるべきかもしれない。だが、国民主権と民主主義という「平等主義的民主主義」の原則を真っ先に、しかも二つも「不変の価値」として掲げていることを重視すべきである。自民党案は、明らかに、ルソーを元祖とする「平等主義的民主主義」または全体主義的な民主主義に傾斜していると言えよう。

 実は、後述のように、「日本国憲法」自身は、前文に注意すれば、間接民主主義、国際協調主義、人権尊重主義、戦争放棄主義、国民主権主義の五つの原則を掲げている。すなわち、「自由主義的民主主義」と「全体主義的民主主義」との間でバランスをとっている。ただし、前文は間接民主主義を第一原則として掲げており、「日本国憲法」自身は、いずれかと言えば、全体主義的民主主義ではなく、自由主義的民主主義の「憲法」である。

 だが、一九五五(昭和三十年)頃以降、「日本国憲法」に対する全体主義的な解釈改憲が行われていく。たとえば、「日本国憲法」の原則として国民主権平和主義基本的人権尊重主義の三大原則を掲げるようになるのは、中学校公民教育では昭和三十年度以降である。鳩山内閣が自主憲法制定を掲げだしたことに危機感を覚えた左翼「護憲」派が、三大原則を仕立てたのだという(八木秀次『日本国憲法とは何か』PHP研究所、二〇〇三年)。

 左翼「護憲」派とは、中ソや北朝鮮などの全体主義国家を礼讃してきた勢力である。彼らは、日本を共産化するために、間接民主主義を排除し、国民主権を強調することによって直接民主主義を広げようとしたのである。いわば、全体主義的な解釈改憲である。自民党案さえも全体主義的な民主主義に傾斜してしまうのだから、「日本国憲法」を前提にして憲法を作る限り、全体主義的な新憲法しか出来ないだろうと思われてならないのである。


害毒⑥「日本国憲法」改正では間に合わない

 第六の害毒は、日本の安全保障体制を整えるために必要な第九条②の始末にさえも時間がかかりすぎることである。確かに、第九条②の始末だけは、「日本国憲法」改正方式によってもなされるかも知れない。たとえば、今回の自民党案は、余り制約されない自衛権を認めているようでもある。

 自民党草案の「第二章 安全保障」を見ると、「日本国憲法」第九条①をそのまま残しながらも、自衛軍も自衛戦争も否定した第九条②を削除している。そして新たに、第九条の二(自衛軍) の規定を設けて、「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため」の活動を自衛軍に認めている。すなわち、自民党草案からすれば、侵略戦争は禁止されるが、国土防衛と国民防衛のために自衛戦争を行う権利が認められることになる。そうなれば、「普通の国」のように、尖閣諸島に自衛隊を常駐させることもできるようになるし、武力行使の権利を表明しつつ、日本人拉致問題で北朝鮮に対する経済制裁も可能となろう。

 だが、自民党新憲法起草委員会の天皇小委員会の宮沢喜一氏によれば、新憲法案においても、日本国は「専守防衛」路線を維持し、海外での武力行使はしないだろうとのことである(『読売新聞』二〇〇五年十月二十九日)。また、前文小委員会委員長の中曽根康弘氏によれば、憲法改正に今後およそ五年間もかける予定だという。とすれば、その間に、尖閣諸島は中国に奪われ、日本人拉致問題は風化してしまうことにもなりかねない。そうなれば、日本国の衰退は必至となろう。

 しかも、「日本国憲法」改正方式の改正手続きでは、実は、五年後にも第九条②の始末さえも出来ない可能性が高い。最近の世論調査でも、常に、第九条全体を支持する意見と第九条改正の意見は拮抗しているから、今回の自民党案が議会を通過しても国民投票で否決される公算が五割程度存在する。いや、それ以前に、衆参両院で三分の二をとれるような案を立てようとすれば、今回の自民党案よりも更に薄い内容の憲法改正案が成立することになろう。とすれば、日本の安全保障にとって余り効果のない改憲がなされることになろう。ともかく、「日本国憲法」改正方式では、安全保障体制の確立さえも覚束ないし、確立されたとしても、其の時は時期を失してしまうことになろう。

 さらに指摘しておけば、害毒と言うほどではないが、憲法問題が真剣な政治課題にならない欠点がある。この方式では、国会の三分の二をとらないと改正が成り立たないため、憲法問題が政権交代を争う政治課題にならない。ひいては、「日本国憲法」改正方式を取る限り、緊張感ある二大政党制は生れにくくなるのである。
----<以上、ここまで。>----



◆憲法に関するこれまでの記事◆
日本国憲法は憲法ではない!という根拠 (日本国憲法は無効であるという根拠)
http://sakurine2012.blog.fc2.com/blog-entry-4.html


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