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Posted by 桜咲凛香(さくりん) on  | 

【人権を疑おう!】超怖い基本的人権【人権は捨てなきゃいけない】


占領憲法改正 ダメ。ゼッタイ!


 今月の26日に日本国憲法改正の危険性並びに自民党の憲法改正案の危険性を周知する為に、これらに必ず関与してくる日本国憲法の3大基本原理の一つである【国民主権】の怖さ(危険性)について下記の記事を書きました。

【民主主義を疑おう!】ダメだこりゃ!自○党の憲法改正案では日本人自らが赤い共産主義憲法を作ることになるので危険です!!【本当は怖い国民主権】

 今回は、その恐ろしい3大基本原理の一つでもある、【基本的人権】について書いています。 前回と同様、埼玉大学名誉教授で哲学者の長谷川三千子先生のお話をもとに、基本的人権というものの怖さを周知するべく。




人権(基本的人権)という言葉の問題について


 ここで私見を述べると、【人権】という言葉の問題点についてですが、今の日本では【人権(基本的人権)】などというのは、ある特定の胡散臭い勢力にだけプラスに働き、その人権という言葉によってどれだけの不当な利権を得て日本人の血税がむしり取られているか・・・ という事。 要するに利権を得るために「人権」という言葉を武器にしてお金にたかる不逞な勢力に利用されていることだと思うのです。

 しかも、日本国民以外の在日外国人(ハッキリ書くと韓国人とか朝鮮人とか・・・)が都合よく人権を持ち出し、不当に特権を得たり、生活保護費を受給したり(法律違反)、こういう問題が起こるのも人権(基本的人権)というものの定義の曖昧さから問題が発生しているのだと思います。

 「差別をしてはいけない」と、まるで印籠の如く【人権】とセットにして気の良い日本人に突きつけ、血税や利権を不当に得るある特定の不逞な勢力や不逞外国人に利用される【人権】という言葉はこれだけでも危険性を感じるわけですが、長谷川先生の人権(基本的人権の正体)に関するお話を知り、更に恐ろしさを感じた次第。

 その本質とは別の意味で使用され、人権という言葉が乱用されている問題、そして、自民党の憲法改正案の中にもこの【基本的人権を尊重するとともに】というように前文に書かれてあり、本質を全く理解せずして改正案を作成し憲法改正に邁進する自民党安倍政権の問題がだんだんと浮き彫りになってきています。(国民主権も同様、その本質を理解せずして改正案に盛り込んでいる模様)

自民党 日本国憲法改正案(前文)2 
自民党の憲法改正案(前文)
画像をクリックして拡大させた方がわかりやすいと思います。


 ですから
【民主主義を疑おう!】ダメだこりゃ!自○党の憲法改正案では日本人自らが赤い共産主義憲法を作ることになるので危険です!!【本当は怖い国民主権】 ←こちらで書いた憲法改正の危険性以外に、憲法と法律を混同し、憲法というものの本質をろくに理解していない、しかも、危険な3大基本原理の本質をも理解出来ていない自民党、ましてや他の野党などには憲法の改正などさせてはいけないという事が言えると思います。(ハッキリ言って現行憲法よりもっと酷いものが出来る可能性がある。)




超怖い基本的人権を改正憲法に明文化させなければならない根拠


第11条 基本的人権
 

 11条では、「侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」となっているように、侵しちゃいけない永久の権利であり日本国憲法を土台として改正をする限り、基本的人権を否定する事はできない。

 基本原理の一つとされているくらいですから、いくら改正をしたとしてもこの精神は変わらず土台の中に組み込まれていくということであり(国民主権も同様)、結局は第二の日本国憲法をつくり成立させるという事になります。

 しかも日本人自らが作り成立させてしまうのは、尚の事、危険です!!


第97条 基本的人権 

 そして97条でも、「現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」と書かれてあり、しかも順番は違えど11条と同じ文言が繰り返されている。

 2度も繰り返し、しかも釘を刺すかのようにしつこく書かれてあるところを見ると、絶対に否定をするなよ!というメッセージが伝わってきますw 

 しかも、何を勘違いしたのか、「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ」と書かれてありますが、イギリスやフランスで起きた革命が日本でもあったかのような言い回し。 さすがは日本の国体というものを知らずに一週間やそこらで作った、非常に中身の無い憲法だという事がわかります。

 ハッキリ言って【ゴミ】以下である。




アメリカ人の共産主義者から押し付けられた日本国憲法による、義務の伴わない、うわべだけの基本的人権


基本的人権の中身
http://www.youtube.com/watch?v=Pka2AiOusGg

 上は、中学校3年生の社会で習う基本的人権の内容の動画を画像にしたものですが、基本的人権の中身として 「1.平等権」 「2.自由権」 「3.社会権」 「4.新しい人権」 などがあり、どの権利も生まれながらに人間が持っている【権利】とされているようですが、確か、外国人にも適用される基本的人権としては古くから言われているのは「2.自由権」だけだったと思います。(4の新しい権利ができてからは、これも該当すると思われます。)

 しかし、現状では1〜4までのすべての基本的人権が外国人にも適用されており、しかも、この基本的人権というのは、「義務の伴わない権利」であり、義務は果たさないが権利だけよこせ!の最悪のパターンを地で行くようなもの。

 まぁ、恐ろしい【共産主義の国民主権】を主軸とする日本国憲法の基本的人権とあらば、〝俺様憲法〝よろしく義務の伴わない権利は当然存在するのはなんとなくわかりますが、そもそも「臣民の安寧を願い、これを根本とした政治を第一とし、君民協力し和の精神をもって最古の国家を形成してきた国」である日本には、基本的人権など必要無いのです。(これが日本の国体)

 問題は、基本的人権の【本質】というものが一切語られず、うわべの都合の良い中身だけが学校などで教えられている日本の教育体制。 動画の内容を拝見すると、基本的人権てなんて素晴らしいものなんだ!!!と誰もが思ってしまう。

 そして、外国人にまですべての基本的人権の中身が適用されている現状では、当たり前の事をヘタに憲法に明文化すると、かえって人権侵害、不平等が発生してしまうという良い例がまさに日本国憲法であろうと思います。

※動画の内容にケチをつけているわけではありません。




与野党の政治家が憲法問題についてやるべきこと


 まず、野党を含め現与党が憲法問題についてやらなければならない事は、まず憲法というものの本質に焦点をあてて理解を深め、そして日本国憲法の成立過程をしっかりと見つめたうえで本来どうしていくべきか! 国を護るうえで改正という方法は本当に正しいのか! 国家として本来どういう手段をとるべきなのか、という事をしっかりと議論をするべきであり、自民党安倍政権のように支那による脅威を盾にしてやるべき議論を怠り改正に邁進する姿を見ていると、とでもではないが恐ろしてく、悪いが政権から降りてくれ!と思わずにはおれないという状況。

 
 ここで提案をさせていただくと、改憲の主たる目的に支那や北朝鮮からの攻撃を防ぐための9条の改正がありますが、支那などによる脅威を解決させる為の一番良い方法というのか無難な方法は、国家として日本国憲法を機能させている現状では(法律上は無効である日本国憲法を無理矢理、憲法として機能させてしまっている状況。)、特に9条を表向きに停止させ、サンフランシスコ講和条約、国連憲章51条において認められている自衛権を行使出来るようにすることだと思います。(これはあくまでも桜咲個人の考えです。) 

 或いは、講和条約、国連憲章とこれプラス、チャールズ・ルイス・ケーディスの発言を根拠として、9条は自衛権まで禁止されていない事を首相が公式に声明を出し、日本には自衛権が存在し、自衛のための国防は可能であるという事をハッキリさせることだと思います。


と、調子にのって提言はしてみたものの・・・ よくよく考えてみるといろいろと問題が・・・

 相手、特に支那という国は、日本に数百もの核兵器を向けて睨みをきかせている現状、仮に自衛権は行使できたとしても、同じ土俵で戦えるほどの軍事力が整っていないようではかえって危険なのではと思うので、やはり軍事力でも同じ土俵に立てるくらいのレベルにおいてから自衛権の行使が出来るようにするべきでしょうか・・・。

 と、いっても、米国が軍事力をつけさせる事は許さないだろうと思いますので、米国の核の傘に頼りながらの自衛権の行使にならざるを得ないということになりますが、果たして米国はどこまで有事に介入するか・・・・  利益にならないと思えば介入は控えるだろうし、軍事的にも政治的にも超大国同士の軍事衝突というのは、まず現実的ではないので、米国からの憲法改正指示によって動いているであろう安倍政権の動向を国民が冷静な判断で監視を行い、提言をしていくところはしていくというようにやっていくしかないでしょうか。


<参考記事>
改憲の罠 憲法改正はディスインフォメーション
自衛権が認められていた占領基本法(日本国憲法) ― チャールズ・ルイス・ケーディスからの発言より―




(警告とお願い)保守を偽装したペテン師の詭弁に騙されないようにしてください


 最近、ある動画を見て驚きとともに激しい怒りを感じた事があるのですが、それは、日本国憲法の無効論を肯定する一方で、現在、自民党安倍政権では折角、憲法改正案を出しているのだから、無効論だけが唯一の方法ではない、状況が状況だけに改正も視野に入れて行くべきだ、といったニュアンスの事を強い口調で語る、ある安倍内閣総理大臣の信奉者の代表のような人物の発言!

 この人物は無効論というものの本質を全く理解していないと、その時ピンッときたわけですが、こういった自民党安倍政権なら売国をしても、国益を害する事をしても、日本には安倍さん以外に頼れる政治家はいないのだからゴタゴタ言わずに黙ってろ!と云わんばかりの口調で安倍政権の売国や日本の国益を損ねる政策を批判する真っ当な日本人まで叩く偽装保守の欺瞞と矛盾に満ちた、おかしな発言には洗脳されないよう十分注意していただきたいということです。

 (ーー;)<いるんですよ・・・・ まるで安倍政権を宗教のように信仰している狂信的な信奉者が・・・。 安倍さん以外にいないと思うなら尚更、批判するべきは批判をして、正しい方向に導くよう行うべきだと思いますが、まるで子供を甘やかし過ぎて、逆にダメ人間にしてしまったダメな親を見ているようで、その発言力と存在感で多大な影響力を及ぼすこの人物だけはどうにかならないものかと思っているわけですが、とにかく自民党安倍政権を擁護しまくる論壇には十分注意して頂きたいということです。

 100%正しい政策や行動をとれる政治家、政党といったものは、まず存在し得ないと思いますし、是々非々で政治家や政党といったものを客観的に見ていく必要があると思いますが、明らかに売国をも無理な論調で擁護するようなら、これはまず疑っていいと思います。

 まず、ダメなものはダメ! ならぬものはならぬ!と、批判すべきところは批判する、評価できるところは評価する、こういったバランスのとれた論壇が本物だと思います。 





 今回も超怖い基本的人権について、埼玉大学名誉教授の長谷川先生によるお話をもとにその本質と恐ろしさを周知していきます。

 ちょうど長谷川先生の「基本的人権の正体」について巧く要点をまとめられたブログ記事を見つけましたので、こちらも参考にされてみてください。

基本的人権
http://ikasaru.blog2.fc2.com/blog-entry-182.html


『基本的人権の正体①』長谷川三千子・倉山満 AJER2012.5.22(3)
基本的人権の正体
http://www.youtube.com/watch?v=O3OFD-5BKLM

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※文字おこし
※36秒辺り

<<倉山氏>>
 前回、本当は怖い国民主権ということで、いかに【主権】、そして【国民主権】というものが
恐ろしいか、ていう話をお聞きしてもっと聞きたいなと思ったら、もっと怖い話を聞かせていただけるということで。 (そうなんです。)

 今日は【国民主権】より怖いものってなんですか?


<<長谷川先生>>
 基本的人権・・・。 (あぁ・・本当に怖いですね・・。 今、鳥肌が立ちましたけど。)

 なんとなく、その怖そうみたいな事はみんな感じているんだけれども、
(基本的人権というと、なんか良いもののような・・・。 中学校の社会では・・。) 中学校の社会科では、「日本国憲法は私達が自由に人間らしく生きる事が出来るように基本的人権を保障しています

 「自由に人間らしく」と・・・。 もう、これ以上、真っ当で良い原理は無さそうですよね!


<<倉山氏>>
 しかも11条97条で2回も人権は永遠に不滅です、と出てきますよね! なんで大事な事
なので2回言いました、みたいな事をやるんでしょうね?


<<長谷川先生>>
 もう、あんまり大事だから2回言わせてもらいましたとか、実は本当はなにか裏の事情があったらしいです。


<<倉山氏>>
 なにかホイットニーコートニー・ホイットニー)が書いたから削るのやめよう、みたいな・・・ 宮沢さんが決めたらしいですね。 日本国憲法て宮沢さんが決めたからとか、そういう理由で終わりますもんね!


<<長谷川先生>>
 マッカーサーダグラス・マッカーサー)とか! (ケーディスとか!)

 これもまた、例によって人権なんて言葉はもう、江戸時代には無かった!!(いらなかったわけですね。) いらなかったし、こんな怖いものは持ち込んじゃならん!みたいな実はそういう話なんです。

 で、この人権ていう言葉は、これは実は西洋の方でもいろんな言い方をしていて、「ヒューマン・ライツ」なんていう言い方よりも、実は一番基本になっていたのが、日本語では【自然権】と訳される。 「ライト・オブ・ネイチャー

 これもここではアカデミックにラテン語を使うと、「ユス・ナチュラーレ」(jus naturalis)という、こういう概念がもとの出発点なんです。 

 で、ここでも実は、「ユス・ナチュラーレ」というのは結構、真っ当な考え方なんです。 (直訳すると、自然の法ですね。) そう!自然の法であり、且つその中で認められている権利! 

 忘れてならないのは、先週もちょっと神様が出てきましたけど、もうヨーロッパの世界では神様は凄く大事なんですね!キリスト教の神様っていうのが全宇宙を作った神様ですから、勿論、人間の社会も神様が作っている。 で、人間が従わなくちゃならない法律ていうのも神様の法律からズレたところで作ったりしたらいけないわけです。

 人間が一生懸命、神様どういうことを考えているかなぁ〜と、知恵を働かせ、聖書をしっかり読んで、「あっ、これが神様が我々に与えてくだすった法律だな」というのを、まとめた考え方が自然法、「ユス・ナチュラーレ」なんです。

 「ユス」っていうのは今で言う、「ジャスティス」のもとですね! これは【法】と【権利】両方の意味が含まれているんです。 勿論、【法】の中には殺してはならぬ、とか、それからキリスト教の神様と私以外の神様を拝んじゃいけない、とかそんなのも入っているんですが、そういうなになにしちゃいけない、盗んじゃいえない、殺しちゃいけない、というのと同時に「これをしても良い」という、そういう許可も一緒に入っているんですね。

 どんな事が許されているかっていうと、自分たちの生存保持する為に牛を食べたり、羊を食べたり、キリスト教では豚も構わないので豚を食べたり、それからお野菜を食べたり、これみんな他の生物の命を奪うわけですからね、それこそ仏教のジャイナ教なんかだと豚を殺したり、牛を殺したり、鶏を殺したりして食べたらいかん!! ということになるんだけれどもキリスト教ではそれはOK! 自然権の中にはよその生物を殺して食べることも許されている。 

 それから誰か悪い奴が襲ってきて、暗闇でいきなり金出せ! 出さないと殺すぞ!と言ったときに、柔道の手を使って相手を投げ飛ばして首を締め殺した。 これは実はOK!なんです! 「汝殺すなかれ」とは言うけども、自分の命を救うために正当防衛で殺したり、危害を加えたりする。


<<倉山氏>>
 なんか今のいつの間にか解釈改憲された憲法9条みたいな話!自然の法則のようなものと捉えたらいいんですね。


<<長谷川先生>>
 そうです! それこそキリスト教に基づく中世のヨーロッパでも堂々と認められていた権利!


<<倉山氏>>
 自然の法則のようなものを文字で書いたからって禁止出来ないなんだから、当然、許可しますよ、みたいな神様の名前で、という風に理解したら・・・。


<<長谷川先生>>
 そうなんです! で、そこまでは凄く普通の真っ当な話ですよね! とにかく大元の自然法、自然権の考え方っていうのは極真っ当な世界観に基づいたキリスト教を信じている人には極普通の考え方なんですね。

 ところがこれがまた17世紀の独特の動乱期の考え方なんですけど、先週もお話したとおり、17世紀のイギリスっていうのは、イギリス革命で国の治安がメチャクチャになってますね。 しかもそれは単に王様対市民たちの戦いというだけではなくて、そこに清教徒革命という宗教も絡んできちゃう! 本当に収拾のつかない真っ只中で1人のイギリス人が、宗教にも頼らず、古来の法にも頼らず、尚且つみんなが納得出来るような、そういう国家の基本になるような考え方って出来ないだろうか、というとんでもない事を考え出した哲学者がいるんです。

 その名も、トマス・ホッブズ 彼の書いた「リヴァイアサン」ていう有名な本がありますけど、あのリヴァイアサンていうのはどういう本かって言うと、後半は寧ろ神様に基づいた政治をしたらどうなるかの話、神学の話になっているんですが、前半の部分ていうのは凄く面白い思考実験なんです。 つまり、神様もいない、慣習というものもない、勿論、法律もなんにもない世界というのを仮に考えてその中で人間の暮らしってどうなるのか!っていう、これを思考実験で考えるんですね。 (アナーキー、無秩序!) そう! で、どういう風になると思います? (もうハチャメチャで、皆がみんなに対して殺し合いをはじめるみたいになる話ですか。)

 そう!まさに、一昔前の治安の悪かった頃のハーレム以上に酷い! しかも、そういうところでは自分の命を守ろうと思ったら、ただの正当防衛なんかじゃダメなんですよね! 「やられる前にやれ!」みたいな感じで、「あいつはちょっと目つきが悪い! 多分、俺の懐にあるこの食料を狙ってるな」と思って予防的に殺しておくとか、自分の命を守るためにはそういうことまでしなくちゃいけない。

 で、ホッブズっていう人は、それを【自然権】と呼んじゃったんです! 神様もいない、だから当然、【自然法】も無くて「汝殺すなかれ」なんていう掟も無いところで、自分の命を守るためには何をしても良い自由という、そういう自由っていうのがホッブズの言う【自由】。 で、ついでに言うと、そこでは人間には究極の平等があるんですけど、どんな平等だと思います! (お互いに自由を侵し合う自由とか、そういう感じですか?)

 もっと怖い平等っていうのは、どんな力の強い人間でも油断してたら殺される! 誰でも殺されうるという平等! (北斗の拳の逆ですね!) そう! (北斗の拳、あれはマシな話なんですよね!)

 弱肉強食なんていうのは、これはもう本当に牧歌的な話なので、そこでは強い人は安心していられる。 でも、本当のホッブズの考えた自然状態というのは、どんな強い人間でも寝首を掻かれる可能性がある。


<<倉山氏
 拳王だって寝首を掻かれる可能性がある! 恐ろしい話ですね。 現にそっちのほうが現実社会ですよね!


<<長谷川先生>>
 そうなんです! ある意味では、実は今の国際社会っていうのはこのホッブズが思考実験で考えた自然状態っていうのに限りなく近い・・ そのものなんです。

 で、これはまた別の話なるので、じゃぁ、これをホッブズを使って解決しようと思った、バカな哲学者もいるんですが、それはまた後半の話で、じゃぁ、ホッブズはそこからどういう解決法を考えたのか! この本当は怖いというか、凄く怖い自然権をどうしたら良いと考えたのか、これをちょっと後半でお話したいと思います。


<<倉山氏>>
 本当にもう、先週の国民主権であるとか、今週の人権尊重であるとか、人権とか主権とか、そういうものが実は恐ろしいヨーロッパの歴史を前提に出来上がっているものであって、日本に直輸入して良いものではない、ていう趣旨で理解したんですけどそれでよろしいでしょうか。


<<長谷川>>
 もう、まさにそのとおりです。
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『基本的人権の正体②』長谷川三千子・倉山満 AJER2012.5.22(4)
http://www.youtube.com/watch?v=YlVyMaEtiy8

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<<倉山氏>>
 長谷川先生のお話を聞いていて、いかに日本人が性善説のお花畑の世界観で出来上がっていて、実は北斗の拳というのは、恐ろしく生ぬるい話だということがよくわかりました。 無秩序とかアナーキーって普通に使いますけど、それがいかに恐ろしいか、永久に終わらない、日本人が想像する地獄そのものですよね! 

 で、実は世界はそうやって出来上がっているんだっていう意識でちょっと衝撃を受けてしまったんですけども、では、そのホッブズがいかにそういう恐ろしい地獄のような世界に対してどういう解決策を示したのか!そして、それが成功したか否かというお話をお聞きしたいと思います


<<長谷川先生>>
 勿論、これはホッブズが考えたのは、あくまでも思考実験なので、例えば自然状態っていうからなんかニューギニアの奥地に行ったら見つかるか、ていうそういう話ではなくて、もう実は人間はどんな原始時代からもしっかりと仲間のルールを作って、自然に掟を守ってやってきたので、あくまでもこれは思考実験なんですけども。 (放っておくとこうなるけど、そこまで実はいかない、っていう考え方!)

 思いっきり究極のブラックな状態を考えて、その可能性をゼロにするためにはどうしたらいいか!っていう、そういう逆転の発想なんです。 で、こういう誰でも殺される、という自由且つ平等の世界、凄く怖い自由と平等の世界からどうやって脱することができるか! 

 で、ここで大事なのは平等なんですよね! つまり弱肉強食だと、強い人は「あ、これ俺には居心地いいよ」となって、そこから脱しようと思いませんよね! だけどどんなに強くても自分がいつ殺されるかわからない、保障の無い状態、これはもう全員にとって怖い嫌な状態。 そういう中での人間の人生は貧しくて、残酷で、しかも短いという、凄い簡潔な言葉でホッブズは言っているんですけど、そうなるとやっぱりこれはちょっと困るよ、ということになる。

 じゃぁ、どうしたら良いか!となると、この怖い【人権】、ホッブズはそこでの何をしても、誰を殺してもいい自由というのを、これをまさに自然権、【基本的人権】と呼んでいるんです。

 実は、「ライト・オブ・ネイチャー」というのは、そういう自由なんだとホッブズはそこで定義しちゃったんです。


<<倉山氏>>
 要するに、人間社会というのは地獄でどうしようもないんだけれども、どんな弱い人間だって一番強い奴を殺す権利がある、これが基本的人権というのは○○なわけですね?


<<長谷川先生>>
 もう一つ裏側があって、そういう基本的人権を認めるから、だからその地獄が実現してしまう。 ここが一番大事なところなんですね。 つまり、その元になっている、この何でもやっていい自由というものをみんなが1、2の3でギブアップすれば、そうすればこの怖い社会が無くなるんじゃないか、ということに気がつき・・ 幸いなことに人間は理性を持っているので、それに気がつく。 これが第一段階。 (理性があるというと語弊があるので、少し賢い!)

 すくなくともホッブズが考える人間の理性の一番大事なところはそれに気がつくところだ、という。 (人権は捨てることにより地獄から抜け出る!) そうです! 人権は捨てなきゃいけない! これが第一段階! (殺す自由なんかないんだ! 捨てろと!)

 ただし、みんなで1、2の3で捨てると言っても、やっぱり信用がおけないなぁ、っていう不安が残るわけですよね。 じゃぁ、その不安を解消するためにはどうしたらいいか! 

 で、実はさっきお話したように全部、西洋の政治の理念に繋がっているのですが、先週お話した【主権】という言葉、これがここで登場します。 (主権と人権が繋がるわけですね!)

 つまり、誰かその国のトップにいる、力のある最高の力の持ち主を立てて、そこに全部、我々の自然権を集めちゃおう! そうすると誰かが悪いことをしても最高の力っていうのが存在しているから、だから「お前、いかんぞ!」と言って気は優しい力持ち、と言って悪い奴を取り締まってくれる。

 ホッブズが考える国家っていうのは、うんとシンプルに言うと各人が自分の持っている自然権、人権を全部放棄する。 そしてトップにいる力の強い、最高の力の持ち主がそれを預かって、預かったからには責任があるので、皆さんの生命、自由、財産をお守りいたしましょう!と、これで国家が出来あがります、という、なんかどっかで聞いたような・・・

 それがホッブズの考える国家の基本形なんです。 だからこれが、なんていっていいのか・・・ さっきの生命、自由、財産・・・ 幸福の追求っていうアメリカの独立宣言に似てるんですけど、これは実はなんのお話かというと、財産をしっかり守るというのと同じ話です。

 それが国の努めである!っていうのは、なんか日本国憲法に書いてある話に凄く似てるんですけど、肝心なところは、それは各人が人権をギブアップするからそういう格好ができあがる、というここが凄く大きい違いなんです。


<<倉山氏>>
 みんなが殺す権利を放棄するから、みんなが殺されない権利を持つんだ、っていう考え方


<<長谷川先生>>
 そういうことなんです。 で、それだけだったらOK!のはずですよね! 


<<倉山氏>>
 今の話だと、国家としてまとまって秩序があるから、結局、みんなが地獄から抜け出せて、最低限の状態になれるんだ、という風に聞こえるんですけよ。 だから国家って凄く大事で必要なものに聞こえるんですけど、日本国憲法って、国家て打倒するもののように習いますよね!


<<長谷川先生>>
 そうなんです! 基本的人権ていうのは、この説明の後のほうには国家が各人の基本的人権を侵害しないように見張ってないといけない、ていう話。

 まぁ、そういう国もありますけどね、政府がアメリカに亡命したいとか言うと、逮捕したりとかいう国もあったりしましたけど、でもそれは国が敵みたいな話になってしまう。 というのは実はホッブズの半世紀後のジョン・ロックという哲学者なんですけど出てきまして、非常に簡単に言ってしまうとロックはほとんどホッブズを80%パクってるんです。

 ただし、大事なところを捻じ曲げている。 どこを捻じ曲げているかというと、ロックは元々、我々は神様に作られている! もう一回、神様を持ってきちゃうんですよね。 ですから神様が与えてくれた人権は、これは非常に大事なものである! 天賦人権説なんです。

  それだったらなにも国をつくる必要も、わざわざ【主権】をこしらえる必要も無さそうなんですが、何故かそこだけ、「我々人民たちは契約を結んで国家(政府)を作り上げる」という、そういうホッブズのフィクションをそこでは使ってしまう。 だけども、基本的人権ていうのは、これは神様がくださったものだからとっても大事で、何人と言えどこれを侵すことは出来ない。

 考えるとなんか・・ 神様を追い出して作った理論にもう一回神様を持ってきて、本当は怖かったはずの基本的人権を、ありがたく大切な贈り物にしちゃってる!どうみてもヘンテコなんですね。


<<倉山氏>>
 つまみ食いしたら訳分かんなくなったという・・。 正論と正論を並べると意味不明になるという、よくわかなんないという。


<<長谷川先生>>
 そういうインチキをやってのけたのが、ジョン・ロック! 

 で、そのジョン・ロックを鵜呑みにして独立宣言を書いちゃったのがアメリカのジェファーソン(トーマス・ジェファーソン)、というそういう格好で、更にかわいそうなのがそのアメリカ人に日本国憲法を作られてしまった日本人!という、そういう格好になっているんです。

 で、【人権】ていうのは要するにどこがおかしいかっていうと、「権利」って言ったら必ず「義務」とセットになって、それで「権利」があるんですよね。 或いは元々、法があってその中で認められています。 それをとっぱらっちゃって「権利」だけあるぞ!と言ったら、これはホッブズが言う通り凄く怖い話になるはず。


<<倉山氏>>
 凄く怖い話で日本国憲法ではそう教えてますが!


<<長谷川先生>>
 そうなんです! で、そのなんていうか・・ 私が権利って言ったから権利なんだ!みたいな話でもうドンドン日本の人権というものはインフレを起こして膨れ上がっていく。 インフレって経済ではある程度、良いんですけど人権のインフレだけはもう極力デフレに努めなければいけないと・・。


<<倉山氏>>
 日本国憲法では今、人権ハイパーインフレですもんね。


<<長谷川先生>>
 そうです! 【人権】という言葉にはくれぐれも気をつけなくちゃいけない。


<<倉山氏>>
 でも、今の長谷川先生のお話を聞いていると、ホッブズとロックとアメリカ独立宣言と、それにソ連がかったアメリカ占領軍とをかき混ぜてデタラメにして更に調理し直したのは日本国憲法学のように聞こえるんですけど。


<<長谷川先生>>
 まさにそういう状況ですね。 (地獄絵図をつまみ食いしたパッチワークみたいな・・) もう、真夏に聞いたらうんと寒くなりますね! 


<<倉山氏>>
 私も鳥肌たっているんですけれどホントに、やっぱり先週の【国民主権】であり、【人権】であり、いかに恐ろしいものであって、でその思想の根底がいかに影響力が大きくて、例えば先週で言えば【国民主権】とポピュリズムであるとか、今の生活保護を暴力団の人がベンツに乗って取りに来るとか、という【人権の乱用】とか、ていう話はこういうところにあるんだなと、現証(?)だけ見てもダメで本質をみなければいけないなという点で本当に長谷川先生のお話は二週に渡り為になりました。
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