★さくりん護国情報室★ | 日本を護るお手伝いをさせてください。 日本社会の動向(国益を損ねる反日・売国行為に手を染める危険人物と政策などの重大ニュースや気になる情報など) そして世界の動向(日本に影響を及ぼす重要な情報)をお伝えして参ります。 併せて自主的な活動レポも書き記して参ります。

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Posted by 桜咲凛香(さくりん) on  | 

「天皇制」という制度は日本にはありません。 ―コミンテルンが作った國體(国体)を破壊する危険な造語―

よくテレビや雑誌、そしてインターネットのサイトやブログなどで【天皇制】という言葉が聞かれたり、書かれたりしているのをよく拝見しますが、実はとっても危険な【造語】であり、これを根付かせてはそのうち日本の國體(国体)が破壊され日本が亡くなってしまう恐れもあるということで、以前から周知したいと思い記事にしようと思ってはいたのですが、うる覚えの自分の知識だけでは自信がなく、うまく伝わらないのではないかと思い控えてはいました。

今回、この【天皇制】という造語について注意決起の意味で書こうとお思ったのは、約1ヵ月くらい前に購入してあった週刊新潮の記事の中で佐藤優氏(元外務省主任分析官であり作家)により【天皇制】という造語について21行ほどに渡り書かれてあり、佐藤氏のような大きな影響力のあるような方の言葉をお借りして記事にした方がより説得力があるのではないかと思い今回書いてみようと思った次第です。


◆引用先◆
週刊新潮(9月27日菊咲月増大号 P42より)

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 橋下さんは、「天皇制においては天皇が元首」と言っています。 しかし、「天皇制」という言葉自体、コミンテルン(国際共産党)が作ったものです。 見えない権威である天皇に支えられた日本の国のあり方を「国体」と呼びますが、天皇制という言葉には、国体を改編可能なシステムとして捉えるといった意味合いが含まれています。

 言うまでもなく日本の国体は改編不能なものです。 国体は「国柄」に置き換えることもできますが、国の文化そのものであり、人為的に変えることなどできない。 そうした理解が彼には不足していると思います。

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【天皇制】、つまりこれは『天皇制という制度』を表す造語のようですが、(制度)とは、“人間行動の定型化されたパターン。社会関係を円滑に営むためのもの。 社会を構成する集団の構成者や、その社会の統治者によって定められた決まりごととして定められたもの。”と、こちらに書かれてあります。→http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C0%A9%C5%D9

上述の意味からすると、佐藤氏による「天皇制という言葉には、国体を改編可能なシステムとして捉えるといった意味合いが含まれています。」という言葉はまさにそうだと思います。

國體(国体)というのは、簡便に表現するなら【天皇陛下を中心とした国のあり方、決まり事(規範であり伝統、文化、道徳、など・・)】ということになりますが、この國體(国体)を人為的に破壊する事を国家転覆(テロ行為)ともよく言われます。 この国家転覆を狙い水面下で活動をしている勢力、それがコミンテルン(国際共産党)ということになると思います。 


●コミンテルン●
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コミンテルン(ロシア語: Коминтерн、カミンテールン、ラテン文字転写例:Komintern、英語: Comintern)は、1919年から1943年まで存在した、共産主義政党による国際組織である。別名第三インターナショナル。

「コミンテルン」とは正式名称の「共産主義インターナショナル」(ロシア語: Коммунистический Интернационал、コムニスチーチェスキイ・インテルナツィオナール、英語: Communist International)の略称。

1919年3月に結成され、1935年までに7回の大会を開催した。第七回大会には65ヶ国の党と国際組織の代表が出席した。前身の組織として第一インターナショナル、第二インターナショナルが存在する。


※Wikipediaより引用
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%AB%E3%83%B3
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そもそも、この【天皇制】という造語が出来た原因というのは、ソビエト共産党により「日本の君主制を打倒せよ」と日本のスパイ(共産主義コミンテルン)に向けロシア語で指令を出したのが原因だと聞いていますが、そもそも日本の皇統に基づく伝統的な国のあり方であり、決まり事(規範)として存在される天皇陛下の地位を人為的破壊可能な制度として考えた事が間違いであり、知識の無さからの極端な思い込みなのか、倫理観というものが欠如していたのか、又は確信犯的に制度としての天皇制という造語を作りだしたのかは定かではありませんが、単なる勘違いだったでは済まされない問題です。


― 共産主義思想はルサンチマンから生まれた? ―

共産主義思想というのは、政治や経済などにおける思想や理論、運動、体制の類型のひとつで、財産の一部または全部を共同所有することで平等な社会をめざす、というのが基本的なものだと思いますが、おおよそルサンチマン(権威や権力を持った、所謂【強い者】に対しての嫉妬からくる憤りや怨恨、 憎悪、非難の感情)からくる自己欺瞞を大きく含んだ思想から出来た価値観なのではないかと、個人的に思うところがあります。

つまり、広く公の事を考えたうえでの【平等】を唱えているのではなく、自己の欲望を完結させる為だけの利己的な思想のように思えてならない。

よく、在日外国人(特に韓国、朝鮮人)が、「我々は長らく日本に住み、税金もしっかり納めてきたのに参政権が与えられないのは差別である!」と声高に主張しているようですが、これも共産主義思想からくるのかどうなのか不明ですが、一種のルサンチマンが根本にあるとのではないかと思わず推測をしてしまいます。

【平等】、一見して素晴らしい言葉に感じられますが、これもケースバイケースで、例えば前述のように在日韓国朝鮮人というのは【反日思想】、つまり日本(日本人)が大嫌いな人たちが大半であり、こういう【外国人】に対しいくら日本に長らく住んでいるから、納税をしているから(実際、納税をしているのかどうかも不明)平等に扱うという意味で参政権などを与えてしまえば日本は終了です。

やはり心は朝鮮半島にあるであろう在日韓国朝鮮人に参政権など与えると、祖国の政府による考え方や価値観を反映させてしまう恐れが多いにあり、朝鮮半島から大量に移民された場合、知らぬまに日本人がマイノリティな存在となって在日から排除、弾圧されてしまいかねない恐れもあり、最終的には日本を乗っ取られてしまい朝鮮半島の属国と化してしまう恐れもなきにしもあらず(汗 ですから何でもかんでも【平等】というのは危険な価値観でもあると。


― 共産主義の平等は【悪平等】―

やはり【平等】には、まず広義の意味では義務(責任)が伴うと思うのです。 狭義の意味で言えば、努力とか実力。 例えば、5時間仕事をしてケーキを20個焼き上げた人と、5時間仕事をしてケーキを10個焼き上げた人とでは、20個のケーキを焼き上げた人の方が金銭的価値はありますよね。 しかし、共産主義でいう平等というのは、仕事の量、質、関係なく、平等にお給料を配給するという価値観のようなので、これでは頑張って20個のケーキを焼き上げた人は・・・何か理不尽な思いをするはめになる。 いくら頑張ってもお給料が同じでは、そのうち士気が落ちてやる気を無くしてしまいかねない。

差別はいけない、平等でなくてはいけない、とよく左翼思想の人は言いますが、この左翼思想の人の平等というのは、【結果の平等】であり、【機会の平等】ではない。 つまりケーキを20個作るだけの時間(5時間)を平等に与えても、片や20個作り、片や10個しか作れないではお給料に差が出来て当たり前。 実力主義の観点から言えば当然ですが、ここから人間としての成長というものも生まれてくるのだと思います。(頑張って20個作って同じだけのお給料を手にするぞ!という頑張ろうというやる気と努力による成長)

しかし、物事を斜めに捉える傾向の多い左翼思想の人は、どんな場合でも【差】が生まれると【差別】と捉え、これはいけない事だ! 平等でなくてはならない!とする。 ケーキを20個作った人の方が、10個しか作れなかった人より優れていて評価に値するのは当然の事なのが、【差別】だから良くないと捉えてしまう。 ルサンチマンの塊だとしか思えない。


【天皇制】からお話が大きく逸脱してしまいましたが、天皇の権威というのはこれまでのお話とは大きく違い、努力とか実力だけでは勝ち取れない、不可侵なものだと思います。 絶対に侵す事の出来ない領域であり、絶対に破壊してはならないもの。 制度などと取って付けたような安っぽい見方をされては2600年以上続いてきた日本国、そのものに傷がつく。 

共産主義思想が危険なのは、ルサンチマンから生まれた結果の平等による支配を受け、結果、国そのものが衰退し滅亡してしまう危険性があるということです。 つまり、正当な平等ではなく、【悪平等】は国をも滅ぼす、ということでしょうか。

と、言っても、元々の共産主義というのはもう少し真っ当なものだったのかもしれませんが、いつしか歪んだ思想に傾倒し、支那や北朝鮮というその国の【独自の共産主義】というものに変わっていったのかもしれません。


― 【天皇制】という造語を消滅させるためには、日本国憲法という怪文書を捨て去ることである ―

【天皇制】という造語を消失させる為には、現在の憲法と偽称する日本国憲法が存在する限りまず無理でしょう。 天皇の民である国民に権威と主権があると【ほざいている】日本国憲法という怪文書(共産主義怪文書)を捨て去ってしまわなければ、永遠と共産主義のコミンテルンというスパイにより天皇陛下、御皇室は貶めを受けることになります。

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第一条
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。


日本国憲法第1条(wikipediaより)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%9B%BD%E6%86%B2%E6%B3%95%E7%AC%AC1%E6%9D%A1
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上記は、日本国憲法の第1条ですが、この条文にある【天皇は日本国の象徴】というのはポツダム宣言を受託した後、GHQにより占領統治下で強要されたものです。 象徴、つまり日本国のシンボルだということのようですが、この後に続く文言を見ると、【この地位は、主権の存する日本国民の総意基づく。】となっています。 そもそも天皇陛下の民である日本国民に主権があるという事がまずおかしな論理であり、国家に主権があるというのならわかります。

これは、天皇陛下より国民の地位の方が上位であり、国民が天皇を消滅させてしまえ!と主張すれば、民主主義の力(数の暴力)で消滅させてしまうことも可能にしてしまう恐れを含んだ条文であると思うのです。 非常に恐ろしい意味を含んだ条文だと思います。


この第1条がある限り、↓のように「天皇制反対!」と喚き散らしながら国家転覆を狙ってデモを起こす反日左翼のような【歩くルサンチマン】によって天皇陛下や英霊が永遠と貶め続けられる事になるのではないでしょうか。

国家転覆に繋がる行為を警察が警護しているという摩訶不思議な国が現在の日本の姿であります。情けない限りです。





日本国の根幹を成す、最も重要であり大切な國體(天皇陛下)を維持させる為には、國體を忠実に反映させていた大日本帝国憲法へと立ち返るしか方法はないのではないでしょうか。


最後に、【天皇制】という造語は絶対に使わないこと、これが日本人として当たり前の価値観にならなければいけないのではないかと思うのです。


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