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Posted by 桜咲凛香(さくりん) on  | 

【人権を疑おう!】超怖い基本的人権【人権は捨てなきゃいけない】


占領憲法改正 ダメ。ゼッタイ!


 今月の26日に日本国憲法改正の危険性並びに自民党の憲法改正案の危険性を周知する為に、これらに必ず関与してくる日本国憲法の3大基本原理の一つである【国民主権】の怖さ(危険性)について下記の記事を書きました。

【民主主義を疑おう!】ダメだこりゃ!自○党の憲法改正案では日本人自らが赤い共産主義憲法を作ることになるので危険です!!【本当は怖い国民主権】

 今回は、その恐ろしい3大基本原理の一つでもある、【基本的人権】について書いています。 前回と同様、埼玉大学名誉教授で哲学者の長谷川三千子先生のお話をもとに、基本的人権というものの怖さを周知するべく。




人権(基本的人権)という言葉の問題について


 ここで私見を述べると、【人権】という言葉の問題点についてですが、今の日本では【人権(基本的人権)】などというのは、ある特定の胡散臭い勢力にだけプラスに働き、その人権という言葉によってどれだけの不当な利権を得て日本人の血税がむしり取られているか・・・ という事。 要するに利権を得るために「人権」という言葉を武器にしてお金にたかる不逞な勢力に利用されていることだと思うのです。

 しかも、日本国民以外の在日外国人(ハッキリ書くと韓国人とか朝鮮人とか・・・)が都合よく人権を持ち出し、不当に特権を得たり、生活保護費を受給したり(法律違反)、こういう問題が起こるのも人権(基本的人権)というものの定義の曖昧さから問題が発生しているのだと思います。

 「差別をしてはいけない」と、まるで印籠の如く【人権】とセットにして気の良い日本人に突きつけ、血税や利権を不当に得るある特定の不逞な勢力や不逞外国人に利用される【人権】という言葉はこれだけでも危険性を感じるわけですが、長谷川先生の人権(基本的人権の正体)に関するお話を知り、更に恐ろしさを感じた次第。

 その本質とは別の意味で使用され、人権という言葉が乱用されている問題、そして、自民党の憲法改正案の中にもこの【基本的人権を尊重するとともに】というように前文に書かれてあり、本質を全く理解せずして改正案を作成し憲法改正に邁進する自民党安倍政権の問題がだんだんと浮き彫りになってきています。(国民主権も同様、その本質を理解せずして改正案に盛り込んでいる模様)

自民党 日本国憲法改正案(前文)2 
自民党の憲法改正案(前文)
画像をクリックして拡大させた方がわかりやすいと思います。


 ですから
【民主主義を疑おう!】ダメだこりゃ!自○党の憲法改正案では日本人自らが赤い共産主義憲法を作ることになるので危険です!!【本当は怖い国民主権】 ←こちらで書いた憲法改正の危険性以外に、憲法と法律を混同し、憲法というものの本質をろくに理解していない、しかも、危険な3大基本原理の本質をも理解出来ていない自民党、ましてや他の野党などには憲法の改正などさせてはいけないという事が言えると思います。(ハッキリ言って現行憲法よりもっと酷いものが出来る可能性がある。)




超怖い基本的人権を改正憲法に明文化させなければならない根拠


第11条 基本的人権
 

 11条では、「侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」となっているように、侵しちゃいけない永久の権利であり日本国憲法を土台として改正をする限り、基本的人権を否定する事はできない。

 基本原理の一つとされているくらいですから、いくら改正をしたとしてもこの精神は変わらず土台の中に組み込まれていくということであり(国民主権も同様)、結局は第二の日本国憲法をつくり成立させるという事になります。

 しかも日本人自らが作り成立させてしまうのは、尚の事、危険です!!


第97条 基本的人権 

 そして97条でも、「現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」と書かれてあり、しかも順番は違えど11条と同じ文言が繰り返されている。

 2度も繰り返し、しかも釘を刺すかのようにしつこく書かれてあるところを見ると、絶対に否定をするなよ!というメッセージが伝わってきますw 

 しかも、何を勘違いしたのか、「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ」と書かれてありますが、イギリスやフランスで起きた革命が日本でもあったかのような言い回し。 さすがは日本の国体というものを知らずに一週間やそこらで作った、非常に中身の無い憲法だという事がわかります。

 ハッキリ言って【ゴミ】以下である。




アメリカ人の共産主義者から押し付けられた日本国憲法による、義務の伴わない、うわべだけの基本的人権


基本的人権の中身
http://www.youtube.com/watch?v=Pka2AiOusGg

 上は、中学校3年生の社会で習う基本的人権の内容の動画を画像にしたものですが、基本的人権の中身として 「1.平等権」 「2.自由権」 「3.社会権」 「4.新しい人権」 などがあり、どの権利も生まれながらに人間が持っている【権利】とされているようですが、確か、外国人にも適用される基本的人権としては古くから言われているのは「2.自由権」だけだったと思います。(4の新しい権利ができてからは、これも該当すると思われます。)

 しかし、現状では1〜4までのすべての基本的人権が外国人にも適用されており、しかも、この基本的人権というのは、「義務の伴わない権利」であり、義務は果たさないが権利だけよこせ!の最悪のパターンを地で行くようなもの。

 まぁ、恐ろしい【共産主義の国民主権】を主軸とする日本国憲法の基本的人権とあらば、〝俺様憲法〝よろしく義務の伴わない権利は当然存在するのはなんとなくわかりますが、そもそも「臣民の安寧を願い、これを根本とした政治を第一とし、君民協力し和の精神をもって最古の国家を形成してきた国」である日本には、基本的人権など必要無いのです。(これが日本の国体)

 問題は、基本的人権の【本質】というものが一切語られず、うわべの都合の良い中身だけが学校などで教えられている日本の教育体制。 動画の内容を拝見すると、基本的人権てなんて素晴らしいものなんだ!!!と誰もが思ってしまう。

 そして、外国人にまですべての基本的人権の中身が適用されている現状では、当たり前の事をヘタに憲法に明文化すると、かえって人権侵害、不平等が発生してしまうという良い例がまさに日本国憲法であろうと思います。

※動画の内容にケチをつけているわけではありません。




与野党の政治家が憲法問題についてやるべきこと


 まず、野党を含め現与党が憲法問題についてやらなければならない事は、まず憲法というものの本質に焦点をあてて理解を深め、そして日本国憲法の成立過程をしっかりと見つめたうえで本来どうしていくべきか! 国を護るうえで改正という方法は本当に正しいのか! 国家として本来どういう手段をとるべきなのか、という事をしっかりと議論をするべきであり、自民党安倍政権のように支那による脅威を盾にしてやるべき議論を怠り改正に邁進する姿を見ていると、とでもではないが恐ろしてく、悪いが政権から降りてくれ!と思わずにはおれないという状況。

 
 ここで提案をさせていただくと、改憲の主たる目的に支那や北朝鮮からの攻撃を防ぐための9条の改正がありますが、支那などによる脅威を解決させる為の一番良い方法というのか無難な方法は、国家として日本国憲法を機能させている現状では(法律上は無効である日本国憲法を無理矢理、憲法として機能させてしまっている状況。)、特に9条を表向きに停止させ、サンフランシスコ講和条約、国連憲章51条において認められている自衛権を行使出来るようにすることだと思います。(これはあくまでも桜咲個人の考えです。) 

 或いは、講和条約、国連憲章とこれプラス、チャールズ・ルイス・ケーディスの発言を根拠として、9条は自衛権まで禁止されていない事を首相が公式に声明を出し、日本には自衛権が存在し、自衛のための国防は可能であるという事をハッキリさせることだと思います。


と、調子にのって提言はしてみたものの・・・ よくよく考えてみるといろいろと問題が・・・

 相手、特に支那という国は、日本に数百もの核兵器を向けて睨みをきかせている現状、仮に自衛権は行使できたとしても、同じ土俵で戦えるほどの軍事力が整っていないようではかえって危険なのではと思うので、やはり軍事力でも同じ土俵に立てるくらいのレベルにおいてから自衛権の行使が出来るようにするべきでしょうか・・・。

 と、いっても、米国が軍事力をつけさせる事は許さないだろうと思いますので、米国の核の傘に頼りながらの自衛権の行使にならざるを得ないということになりますが、果たして米国はどこまで有事に介入するか・・・・  利益にならないと思えば介入は控えるだろうし、軍事的にも政治的にも超大国同士の軍事衝突というのは、まず現実的ではないので、米国からの憲法改正指示によって動いているであろう安倍政権の動向を国民が冷静な判断で監視を行い、提言をしていくところはしていくというようにやっていくしかないでしょうか。


<参考記事>
改憲の罠 憲法改正はディスインフォメーション
自衛権が認められていた占領基本法(日本国憲法) ― チャールズ・ルイス・ケーディスからの発言より―




(警告とお願い)保守を偽装したペテン師の詭弁に騙されないようにしてください


 最近、ある動画を見て驚きとともに激しい怒りを感じた事があるのですが、それは、日本国憲法の無効論を肯定する一方で、現在、自民党安倍政権では折角、憲法改正案を出しているのだから、無効論だけが唯一の方法ではない、状況が状況だけに改正も視野に入れて行くべきだ、といったニュアンスの事を強い口調で語る、ある安倍内閣総理大臣の信奉者の代表のような人物の発言!

 この人物は無効論というものの本質を全く理解していないと、その時ピンッときたわけですが、こういった自民党安倍政権なら売国をしても、国益を害する事をしても、日本には安倍さん以外に頼れる政治家はいないのだからゴタゴタ言わずに黙ってろ!と云わんばかりの口調で安倍政権の売国や日本の国益を損ねる政策を批判する真っ当な日本人まで叩く偽装保守の欺瞞と矛盾に満ちた、おかしな発言には洗脳されないよう十分注意していただきたいということです。

 (ーー;)<いるんですよ・・・・ まるで安倍政権を宗教のように信仰している狂信的な信奉者が・・・。 安倍さん以外にいないと思うなら尚更、批判するべきは批判をして、正しい方向に導くよう行うべきだと思いますが、まるで子供を甘やかし過ぎて、逆にダメ人間にしてしまったダメな親を見ているようで、その発言力と存在感で多大な影響力を及ぼすこの人物だけはどうにかならないものかと思っているわけですが、とにかく自民党安倍政権を擁護しまくる論壇には十分注意して頂きたいということです。

 100%正しい政策や行動をとれる政治家、政党といったものは、まず存在し得ないと思いますし、是々非々で政治家や政党といったものを客観的に見ていく必要があると思いますが、明らかに売国をも無理な論調で擁護するようなら、これはまず疑っていいと思います。

 まず、ダメなものはダメ! ならぬものはならぬ!と、批判すべきところは批判する、評価できるところは評価する、こういったバランスのとれた論壇が本物だと思います。 





 今回も超怖い基本的人権について、埼玉大学名誉教授の長谷川先生によるお話をもとにその本質と恐ろしさを周知していきます。

 ちょうど長谷川先生の「基本的人権の正体」について巧く要点をまとめられたブログ記事を見つけましたので、こちらも参考にされてみてください。

基本的人権
http://ikasaru.blog2.fc2.com/blog-entry-182.html


『基本的人権の正体①』長谷川三千子・倉山満 AJER2012.5.22(3)
基本的人権の正体
http://www.youtube.com/watch?v=O3OFD-5BKLM

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※文字おこし
※36秒辺り

<<倉山氏>>
 前回、本当は怖い国民主権ということで、いかに【主権】、そして【国民主権】というものが
恐ろしいか、ていう話をお聞きしてもっと聞きたいなと思ったら、もっと怖い話を聞かせていただけるということで。 (そうなんです。)

 今日は【国民主権】より怖いものってなんですか?


<<長谷川先生>>
 基本的人権・・・。 (あぁ・・本当に怖いですね・・。 今、鳥肌が立ちましたけど。)

 なんとなく、その怖そうみたいな事はみんな感じているんだけれども、
(基本的人権というと、なんか良いもののような・・・。 中学校の社会では・・。) 中学校の社会科では、「日本国憲法は私達が自由に人間らしく生きる事が出来るように基本的人権を保障しています

 「自由に人間らしく」と・・・。 もう、これ以上、真っ当で良い原理は無さそうですよね!


<<倉山氏>>
 しかも11条97条で2回も人権は永遠に不滅です、と出てきますよね! なんで大事な事
なので2回言いました、みたいな事をやるんでしょうね?


<<長谷川先生>>
 もう、あんまり大事だから2回言わせてもらいましたとか、実は本当はなにか裏の事情があったらしいです。


<<倉山氏>>
 なにかホイットニーコートニー・ホイットニー)が書いたから削るのやめよう、みたいな・・・ 宮沢さんが決めたらしいですね。 日本国憲法て宮沢さんが決めたからとか、そういう理由で終わりますもんね!


<<長谷川先生>>
 マッカーサーダグラス・マッカーサー)とか! (ケーディスとか!)

 これもまた、例によって人権なんて言葉はもう、江戸時代には無かった!!(いらなかったわけですね。) いらなかったし、こんな怖いものは持ち込んじゃならん!みたいな実はそういう話なんです。

 で、この人権ていう言葉は、これは実は西洋の方でもいろんな言い方をしていて、「ヒューマン・ライツ」なんていう言い方よりも、実は一番基本になっていたのが、日本語では【自然権】と訳される。 「ライト・オブ・ネイチャー

 これもここではアカデミックにラテン語を使うと、「ユス・ナチュラーレ」(jus naturalis)という、こういう概念がもとの出発点なんです。 

 で、ここでも実は、「ユス・ナチュラーレ」というのは結構、真っ当な考え方なんです。 (直訳すると、自然の法ですね。) そう!自然の法であり、且つその中で認められている権利! 

 忘れてならないのは、先週もちょっと神様が出てきましたけど、もうヨーロッパの世界では神様は凄く大事なんですね!キリスト教の神様っていうのが全宇宙を作った神様ですから、勿論、人間の社会も神様が作っている。 で、人間が従わなくちゃならない法律ていうのも神様の法律からズレたところで作ったりしたらいけないわけです。

 人間が一生懸命、神様どういうことを考えているかなぁ〜と、知恵を働かせ、聖書をしっかり読んで、「あっ、これが神様が我々に与えてくだすった法律だな」というのを、まとめた考え方が自然法、「ユス・ナチュラーレ」なんです。

 「ユス」っていうのは今で言う、「ジャスティス」のもとですね! これは【法】と【権利】両方の意味が含まれているんです。 勿論、【法】の中には殺してはならぬ、とか、それからキリスト教の神様と私以外の神様を拝んじゃいけない、とかそんなのも入っているんですが、そういうなになにしちゃいけない、盗んじゃいえない、殺しちゃいけない、というのと同時に「これをしても良い」という、そういう許可も一緒に入っているんですね。

 どんな事が許されているかっていうと、自分たちの生存保持する為に牛を食べたり、羊を食べたり、キリスト教では豚も構わないので豚を食べたり、それからお野菜を食べたり、これみんな他の生物の命を奪うわけですからね、それこそ仏教のジャイナ教なんかだと豚を殺したり、牛を殺したり、鶏を殺したりして食べたらいかん!! ということになるんだけれどもキリスト教ではそれはOK! 自然権の中にはよその生物を殺して食べることも許されている。 

 それから誰か悪い奴が襲ってきて、暗闇でいきなり金出せ! 出さないと殺すぞ!と言ったときに、柔道の手を使って相手を投げ飛ばして首を締め殺した。 これは実はOK!なんです! 「汝殺すなかれ」とは言うけども、自分の命を救うために正当防衛で殺したり、危害を加えたりする。


<<倉山氏>>
 なんか今のいつの間にか解釈改憲された憲法9条みたいな話!自然の法則のようなものと捉えたらいいんですね。


<<長谷川先生>>
 そうです! それこそキリスト教に基づく中世のヨーロッパでも堂々と認められていた権利!


<<倉山氏>>
 自然の法則のようなものを文字で書いたからって禁止出来ないなんだから、当然、許可しますよ、みたいな神様の名前で、という風に理解したら・・・。


<<長谷川先生>>
 そうなんです! で、そこまでは凄く普通の真っ当な話ですよね! とにかく大元の自然法、自然権の考え方っていうのは極真っ当な世界観に基づいたキリスト教を信じている人には極普通の考え方なんですね。

 ところがこれがまた17世紀の独特の動乱期の考え方なんですけど、先週もお話したとおり、17世紀のイギリスっていうのは、イギリス革命で国の治安がメチャクチャになってますね。 しかもそれは単に王様対市民たちの戦いというだけではなくて、そこに清教徒革命という宗教も絡んできちゃう! 本当に収拾のつかない真っ只中で1人のイギリス人が、宗教にも頼らず、古来の法にも頼らず、尚且つみんなが納得出来るような、そういう国家の基本になるような考え方って出来ないだろうか、というとんでもない事を考え出した哲学者がいるんです。

 その名も、トマス・ホッブズ 彼の書いた「リヴァイアサン」ていう有名な本がありますけど、あのリヴァイアサンていうのはどういう本かって言うと、後半は寧ろ神様に基づいた政治をしたらどうなるかの話、神学の話になっているんですが、前半の部分ていうのは凄く面白い思考実験なんです。 つまり、神様もいない、慣習というものもない、勿論、法律もなんにもない世界というのを仮に考えてその中で人間の暮らしってどうなるのか!っていう、これを思考実験で考えるんですね。 (アナーキー、無秩序!) そう! で、どういう風になると思います? (もうハチャメチャで、皆がみんなに対して殺し合いをはじめるみたいになる話ですか。)

 そう!まさに、一昔前の治安の悪かった頃のハーレム以上に酷い! しかも、そういうところでは自分の命を守ろうと思ったら、ただの正当防衛なんかじゃダメなんですよね! 「やられる前にやれ!」みたいな感じで、「あいつはちょっと目つきが悪い! 多分、俺の懐にあるこの食料を狙ってるな」と思って予防的に殺しておくとか、自分の命を守るためにはそういうことまでしなくちゃいけない。

 で、ホッブズっていう人は、それを【自然権】と呼んじゃったんです! 神様もいない、だから当然、【自然法】も無くて「汝殺すなかれ」なんていう掟も無いところで、自分の命を守るためには何をしても良い自由という、そういう自由っていうのがホッブズの言う【自由】。 で、ついでに言うと、そこでは人間には究極の平等があるんですけど、どんな平等だと思います! (お互いに自由を侵し合う自由とか、そういう感じですか?)

 もっと怖い平等っていうのは、どんな力の強い人間でも油断してたら殺される! 誰でも殺されうるという平等! (北斗の拳の逆ですね!) そう! (北斗の拳、あれはマシな話なんですよね!)

 弱肉強食なんていうのは、これはもう本当に牧歌的な話なので、そこでは強い人は安心していられる。 でも、本当のホッブズの考えた自然状態というのは、どんな強い人間でも寝首を掻かれる可能性がある。


<<倉山氏
 拳王だって寝首を掻かれる可能性がある! 恐ろしい話ですね。 現にそっちのほうが現実社会ですよね!


<<長谷川先生>>
 そうなんです! ある意味では、実は今の国際社会っていうのはこのホッブズが思考実験で考えた自然状態っていうのに限りなく近い・・ そのものなんです。

 で、これはまた別の話なるので、じゃぁ、これをホッブズを使って解決しようと思った、バカな哲学者もいるんですが、それはまた後半の話で、じゃぁ、ホッブズはそこからどういう解決法を考えたのか! この本当は怖いというか、凄く怖い自然権をどうしたら良いと考えたのか、これをちょっと後半でお話したいと思います。


<<倉山氏>>
 本当にもう、先週の国民主権であるとか、今週の人権尊重であるとか、人権とか主権とか、そういうものが実は恐ろしいヨーロッパの歴史を前提に出来上がっているものであって、日本に直輸入して良いものではない、ていう趣旨で理解したんですけどそれでよろしいでしょうか。


<<長谷川>>
 もう、まさにそのとおりです。
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『基本的人権の正体②』長谷川三千子・倉山満 AJER2012.5.22(4)
http://www.youtube.com/watch?v=YlVyMaEtiy8

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<<倉山氏>>
 長谷川先生のお話を聞いていて、いかに日本人が性善説のお花畑の世界観で出来上がっていて、実は北斗の拳というのは、恐ろしく生ぬるい話だということがよくわかりました。 無秩序とかアナーキーって普通に使いますけど、それがいかに恐ろしいか、永久に終わらない、日本人が想像する地獄そのものですよね! 

 で、実は世界はそうやって出来上がっているんだっていう意識でちょっと衝撃を受けてしまったんですけども、では、そのホッブズがいかにそういう恐ろしい地獄のような世界に対してどういう解決策を示したのか!そして、それが成功したか否かというお話をお聞きしたいと思います


<<長谷川先生>>
 勿論、これはホッブズが考えたのは、あくまでも思考実験なので、例えば自然状態っていうからなんかニューギニアの奥地に行ったら見つかるか、ていうそういう話ではなくて、もう実は人間はどんな原始時代からもしっかりと仲間のルールを作って、自然に掟を守ってやってきたので、あくまでもこれは思考実験なんですけども。 (放っておくとこうなるけど、そこまで実はいかない、っていう考え方!)

 思いっきり究極のブラックな状態を考えて、その可能性をゼロにするためにはどうしたらいいか!っていう、そういう逆転の発想なんです。 で、こういう誰でも殺される、という自由且つ平等の世界、凄く怖い自由と平等の世界からどうやって脱することができるか! 

 で、ここで大事なのは平等なんですよね! つまり弱肉強食だと、強い人は「あ、これ俺には居心地いいよ」となって、そこから脱しようと思いませんよね! だけどどんなに強くても自分がいつ殺されるかわからない、保障の無い状態、これはもう全員にとって怖い嫌な状態。 そういう中での人間の人生は貧しくて、残酷で、しかも短いという、凄い簡潔な言葉でホッブズは言っているんですけど、そうなるとやっぱりこれはちょっと困るよ、ということになる。

 じゃぁ、どうしたら良いか!となると、この怖い【人権】、ホッブズはそこでの何をしても、誰を殺してもいい自由というのを、これをまさに自然権、【基本的人権】と呼んでいるんです。

 実は、「ライト・オブ・ネイチャー」というのは、そういう自由なんだとホッブズはそこで定義しちゃったんです。


<<倉山氏>>
 要するに、人間社会というのは地獄でどうしようもないんだけれども、どんな弱い人間だって一番強い奴を殺す権利がある、これが基本的人権というのは○○なわけですね?


<<長谷川先生>>
 もう一つ裏側があって、そういう基本的人権を認めるから、だからその地獄が実現してしまう。 ここが一番大事なところなんですね。 つまり、その元になっている、この何でもやっていい自由というものをみんなが1、2の3でギブアップすれば、そうすればこの怖い社会が無くなるんじゃないか、ということに気がつき・・ 幸いなことに人間は理性を持っているので、それに気がつく。 これが第一段階。 (理性があるというと語弊があるので、少し賢い!)

 すくなくともホッブズが考える人間の理性の一番大事なところはそれに気がつくところだ、という。 (人権は捨てることにより地獄から抜け出る!) そうです! 人権は捨てなきゃいけない! これが第一段階! (殺す自由なんかないんだ! 捨てろと!)

 ただし、みんなで1、2の3で捨てると言っても、やっぱり信用がおけないなぁ、っていう不安が残るわけですよね。 じゃぁ、その不安を解消するためにはどうしたらいいか! 

 で、実はさっきお話したように全部、西洋の政治の理念に繋がっているのですが、先週お話した【主権】という言葉、これがここで登場します。 (主権と人権が繋がるわけですね!)

 つまり、誰かその国のトップにいる、力のある最高の力の持ち主を立てて、そこに全部、我々の自然権を集めちゃおう! そうすると誰かが悪いことをしても最高の力っていうのが存在しているから、だから「お前、いかんぞ!」と言って気は優しい力持ち、と言って悪い奴を取り締まってくれる。

 ホッブズが考える国家っていうのは、うんとシンプルに言うと各人が自分の持っている自然権、人権を全部放棄する。 そしてトップにいる力の強い、最高の力の持ち主がそれを預かって、預かったからには責任があるので、皆さんの生命、自由、財産をお守りいたしましょう!と、これで国家が出来あがります、という、なんかどっかで聞いたような・・・

 それがホッブズの考える国家の基本形なんです。 だからこれが、なんていっていいのか・・・ さっきの生命、自由、財産・・・ 幸福の追求っていうアメリカの独立宣言に似てるんですけど、これは実はなんのお話かというと、財産をしっかり守るというのと同じ話です。

 それが国の努めである!っていうのは、なんか日本国憲法に書いてある話に凄く似てるんですけど、肝心なところは、それは各人が人権をギブアップするからそういう格好ができあがる、というここが凄く大きい違いなんです。


<<倉山氏>>
 みんなが殺す権利を放棄するから、みんなが殺されない権利を持つんだ、っていう考え方


<<長谷川先生>>
 そういうことなんです。 で、それだけだったらOK!のはずですよね! 


<<倉山氏>>
 今の話だと、国家としてまとまって秩序があるから、結局、みんなが地獄から抜け出せて、最低限の状態になれるんだ、という風に聞こえるんですけよ。 だから国家って凄く大事で必要なものに聞こえるんですけど、日本国憲法って、国家て打倒するもののように習いますよね!


<<長谷川先生>>
 そうなんです! 基本的人権ていうのは、この説明の後のほうには国家が各人の基本的人権を侵害しないように見張ってないといけない、ていう話。

 まぁ、そういう国もありますけどね、政府がアメリカに亡命したいとか言うと、逮捕したりとかいう国もあったりしましたけど、でもそれは国が敵みたいな話になってしまう。 というのは実はホッブズの半世紀後のジョン・ロックという哲学者なんですけど出てきまして、非常に簡単に言ってしまうとロックはほとんどホッブズを80%パクってるんです。

 ただし、大事なところを捻じ曲げている。 どこを捻じ曲げているかというと、ロックは元々、我々は神様に作られている! もう一回、神様を持ってきちゃうんですよね。 ですから神様が与えてくれた人権は、これは非常に大事なものである! 天賦人権説なんです。

  それだったらなにも国をつくる必要も、わざわざ【主権】をこしらえる必要も無さそうなんですが、何故かそこだけ、「我々人民たちは契約を結んで国家(政府)を作り上げる」という、そういうホッブズのフィクションをそこでは使ってしまう。 だけども、基本的人権ていうのは、これは神様がくださったものだからとっても大事で、何人と言えどこれを侵すことは出来ない。

 考えるとなんか・・ 神様を追い出して作った理論にもう一回神様を持ってきて、本当は怖かったはずの基本的人権を、ありがたく大切な贈り物にしちゃってる!どうみてもヘンテコなんですね。


<<倉山氏>>
 つまみ食いしたら訳分かんなくなったという・・。 正論と正論を並べると意味不明になるという、よくわかなんないという。


<<長谷川先生>>
 そういうインチキをやってのけたのが、ジョン・ロック! 

 で、そのジョン・ロックを鵜呑みにして独立宣言を書いちゃったのがアメリカのジェファーソン(トーマス・ジェファーソン)、というそういう格好で、更にかわいそうなのがそのアメリカ人に日本国憲法を作られてしまった日本人!という、そういう格好になっているんです。

 で、【人権】ていうのは要するにどこがおかしいかっていうと、「権利」って言ったら必ず「義務」とセットになって、それで「権利」があるんですよね。 或いは元々、法があってその中で認められています。 それをとっぱらっちゃって「権利」だけあるぞ!と言ったら、これはホッブズが言う通り凄く怖い話になるはず。


<<倉山氏>>
 凄く怖い話で日本国憲法ではそう教えてますが!


<<長谷川先生>>
 そうなんです! で、そのなんていうか・・ 私が権利って言ったから権利なんだ!みたいな話でもうドンドン日本の人権というものはインフレを起こして膨れ上がっていく。 インフレって経済ではある程度、良いんですけど人権のインフレだけはもう極力デフレに努めなければいけないと・・。


<<倉山氏>>
 日本国憲法では今、人権ハイパーインフレですもんね。


<<長谷川先生>>
 そうです! 【人権】という言葉にはくれぐれも気をつけなくちゃいけない。


<<倉山氏>>
 でも、今の長谷川先生のお話を聞いていると、ホッブズとロックとアメリカ独立宣言と、それにソ連がかったアメリカ占領軍とをかき混ぜてデタラメにして更に調理し直したのは日本国憲法学のように聞こえるんですけど。


<<長谷川先生>>
 まさにそういう状況ですね。 (地獄絵図をつまみ食いしたパッチワークみたいな・・) もう、真夏に聞いたらうんと寒くなりますね! 


<<倉山氏>>
 私も鳥肌たっているんですけれどホントに、やっぱり先週の【国民主権】であり、【人権】であり、いかに恐ろしいものであって、でその思想の根底がいかに影響力が大きくて、例えば先週で言えば【国民主権】とポピュリズムであるとか、今の生活保護を暴力団の人がベンツに乗って取りに来るとか、という【人権の乱用】とか、ていう話はこういうところにあるんだなと、現証(?)だけ見てもダメで本質をみなければいけないなという点で本当に長谷川先生のお話は二週に渡り為になりました。
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Category : ★憲法問題
Posted by 桜咲凛香(さくりん) on  | 0 comments  0 trackback

【民主主義を疑おう!】ダメだこりゃ!自○党の憲法改正案では日本人自らが赤い共産主義憲法を作ることになるので危険です!!【本当は怖い国民主権】

 

占領憲法改正 ダメ。ゼッタイ! 


  今回は日本国憲法の所謂、3大原則の一つ【国民主権(民主主義)】、そして自民党の憲法改正案の危険性について書き記しています。



何故、自民党の憲法改正案がダメ(危険)なのか!


 自民党の日本国憲法改正草案の前文には、この危険な国民主権がしっかり盛り込まれていますが(国民主権だけではなく、危険な3大原則の他2つ、「平和主義」 「基本的人権の尊重」もしっかり盛り込まれている。 巷では、自民党は「基本的人権」を削除した!けしからん!!と批判の声があがっているようですが、しっかりと前文に記載されています。)、それもそのはず、日本国憲法の前文を含め条文を見ればわかりますが、3大原則を改正憲法にもしっかりと継承させなければならないよう明文化されています。 ですから、自民党だけではなく他の政党が草案を作ったとしても同じく危険なわけです。 


 日本国憲法←特に、「国民主権」 「平和主義」 「基本的人権の尊重」という用語が明文化されているところを読んでみてください。 必ず改正した新しい憲法典に明文化しなければならないよう書かれてあります。

前文の国民主権2  
 
 上は日本国憲法の前文で、【国民主権】、つまり【主権】が国民にあることを示している部分です。 「主権が国民に存することを宣言」したうえで、「この憲法を確定する」と書かれてあるところをみると、【国民主権】が基本原則の中でも最も重要な概念であることが見て取れます。

権威は国民に由来する?2 

 ↑前文の続きですが、ハッキリ言ってドン引きです!! 「その権威は国民に由来し」と書かれてあります。 本来、権威というのはスメラミコト(天皇陛下)にあるものですが、いかに我が国の元首たる天皇陛下を否定し、国民が最も偉いかのような言い回しです。 

 そして、「これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。」と書かれてあり、これは【国民主権】を指して人類普遍の原理と示し、人類普遍ということは、国民主権が当然のあり方であるといった言い回しをされている。

 そして決定的なのは、「
これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」と書かれてあります。 つまり国民主権に反する改正憲法、そして下位の法令は無効、という事を言っているようです。 だから必ず改正憲法には【国民主権】を明文化させなければならない。

 要するに、日本国は国民に権威と主権が存在するのであり、天皇陛下は国民より下であるということを遠まわしに書かれてある、まさに本来のあり方を否定し、国体を破壊するアカく恐ろしい似非憲法だということがわかります。


自民党 日本国憲法改正案(前文)2  
自民党の改正案(前文)には、しっかりと危険な3大原則が盛り込まれている。
まず、前文からアウト!です。 
自由民主党 日本国憲法改正草案
画像をクリックして拡大させた方が見やすいと思います。




「国民主権」、そして占領憲法(日本国憲法)の改正が危険な理由


 私が改正は断固反対!! 改正は危険である、これからの日本にとって危険であると言い続けてきたのは、この3大原則(国民主権基本的人権の尊重平和主義)を必ず改正憲法に明文化させて継承させなければならないからです。(これだけを理由に改正を反対しているわけではありませんが)

民主主義 国民主権は共産主義のこと 

 今回、取り上げる【国民主権(民主主義)】というのは、アカの思想、共産主義の思想であり(基本的人権なども同じく共産主義からの派生)、日本国憲法を改正し、新たな改正憲法を作り成立させることにより日本人自らがアカい共産主義憲法(共和国憲法)を成立させることになり、スメラミコト・天皇家を壊滅に追い込む事を日本人自らが認めてしまうことにも繋がる恐れがある。 だから危険なのです。(日本が北朝鮮のような一党独裁の恐怖政治を強いられる危険な国になってしまう恐れがある)


 では、何故、共産主義が危険なのか! まず大まかに言えば他の主義主張は絶対容認せず、言論の自由がなくなります。 そして、理想的な社会(それが良いか悪いかは別として)を作り上げるために暴力をも肯定し、暴力で弾圧することも許されるという、これが共産主義。

 ※共産主義について更に詳しく解説されているブログ記事をみつけました。
 共産主義は危険 その1
 http://ameblo.jp/tamu-rin/entry-10347004115.html

 共産主義は危険 その2
 http://ameblo.jp/tamu-rin/entry-10347344825.html

 共産主義は危険 その3
 http://ameblo.jp/tamu-rin/entry-10348711924.html

 共産主義は危険 その4
 http://ameblo.jp/tamu-rin/entry-10352283741.html

 ロシアは、全世界を危険にさらす米国共産主義の脅威を警告します。
 http://higasinoko-tan.seesaa.net/article/142861881.html
 ↑どうも・・オ○マ大統領は共産主義者のようですね。
 私は、民主主義(国民主権)を絶賛する安○総理も実は共産主義者なのではないか?と見ているのですが・・・。


 現行憲法(日本国憲法)も共産主義の憲法には間違いありませんが、これは約70年前、連合国軍総司令部GHQによって日本が占領され、日本の主権、自由意思が消失した時代に無理矢理、押し付けられたものであり、日本人の自由意思、主権をもって作られたものではないという大義名分が存在するからこそ国体(スメラミコト・天皇家)はかろうじて保たれているのです。

 しかし日本人自らが自由意思、主権をもって日本国憲法を改正し新たな憲法を作り成立させてしまうと【第二の日本国憲法(共産主義憲法)】の成立をさせてしまうことになり、国民主権(民主主義)の力によって天皇家の壊滅をも合法的に可能にしてしまう恐れがある。 天皇家が邪魔だと思えば暴力によって壊滅させることも合法的に可能としてしまう。 だから改正は危険だと言い続けてきたわけです。 

 これでは反日左翼(サヨク)、天皇家打倒を目論む共産主義者の思う壺! これらの危険因子が泣いて喜ぶ共産主義憲法を日本人自らが作ってしまう事は、国体破壊を肯定する愚かな行為である。 たとえ9条が改正されたとしても日本人自らが共産主義を肯定する憲法を作ったとなれば、これ自体、反日左翼(サヨク)、共産主義者が最も理想としたことかもしれませんよ!

共産主義者 天皇制打倒 
反天連>国民主権とは共産主義のこと_靖国

 毎年、8月15日になると、反天連なる不逞な反日テロ集団が靖国神社近くで、「天皇いらない!」 「靖国NO!」 とか叫んでキチガイデモを行うのは、日本国憲法の第1条を読めばそれを可能とさせている事が理解できると思います。 

 自民党の憲法改正草案の第1条にも同じように書かれてありますのでハッキリ言えばアウト!です。 いくら「元首」という言葉を付け加えたところで国民主権を肯定しているのなら意味がないと思います。

自民党 憲法改正案 第1条 
※自民党の改正案(第1条)
画像をクリックし拡大して見てください。

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日本国憲法第1条
第一条
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
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 「この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」とあるように、天皇陛下の地位というのは日本国民総意によって成り立っているという事が書かれてあり、もし、天皇陛下並びに天皇家の方々の地位を無きものにしようと思えば、国民主権によって合法的に可能とせしめる。 暴力によって壊滅に追い込むことも肯定されてしまうのがこの第1条であり、実は恐ろしい条文。 

 日本人自らが自由意思と主権をもって共産主義憲法(共和国憲法)を作り、これを天皇陛下により裁可されてしまえば、この恐ろしい憲法が真の憲法となってしまい、永遠と破棄できなくなる。 これを防ぐには絶対に改正などさせてはならないわけです。

 日本を本当に立ち直らせるには本来の国体のあり方に戻していかなければならないのであり、それは不当に闇に葬り去られてしまった真の憲法である大日本帝国憲法を復権させることです。 

 スメラミコト・天皇陛下の存在がこの国から消えてしまえば、もはやこの国は日本ではなくなります。 国家としてのていをなさなくなるでしょう。 




【警告】自民党安倍政権、親米似非保守、マスコミによって憲法改正は(善)とする洗脳をされ従うことなかれ! 騙されてはいけない! 日本国憲法の改正は間違いである。


 現在、安倍政権では日本国憲法の改正にますます意欲が高まっているようですが、これに殉じるように国民の多くが憲法改正は正しい事であり、9条を改正しなければ国防は出来ない、と反日マスコミ、政治家、似非保守から洗脳され、まるでポピュリズムに傾くかのように憲法改正の方向に流れているのを見て・・・・ こりゃ、日本はもうダメかもしれない・・・ と思うことしばしば。

 中には、改正の危険性を知らせても、その危険性には一言も触れず、まるで何も知らされていないかの如く(何も知らされなかったことにしたいのか?w) しつこく憲法改正を推進するような言動をする者までいますが、こういうのはハッキリ言えば確信犯としか言いようがありません。 こういった不逞者は敵とみなさなければならない。

 憲法問題に関する他の記事
 
自衛権が認められていた占領基本法(日本国憲法) ― チャールズ・ルイス・ケーディスからの発言より―
 
改憲の罠 憲法改正はディスインフォメーション





 さて、今回、埼玉大学名誉教授で哲学者の長谷川三千子先生による国民主権のお話をもとに、国民主権の危険性を周知していきたいと思います。


『ホントは怖い国民主権①』長谷川三千子・倉山満 AJER2012.5.15(3)

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※文字おこし
※1分32秒辺りから。

<<倉山氏>>
 今日、長谷川先生をお招きしたということの趣旨を説明させて頂きますと、今年は近年にも増して憲法論議が盛んで、「たちあがれ日本」に、「みんなの党」3党が5月3日の日本国憲法を記念する日にそれぞれ会見(?)改憲(?)を出してきたというような盛り上がりなんですけども、まぁ、これは5月3日で終わらせずに、戦後60年以上経ったわけですから、真の憲法論議を!ということで長谷川先生にお話を伺いたいのですけども・・。

 ただ、長谷川先生ということで、ありきたりの条文を解釈する、或いはいるじというお話ではなくて、根底的(?)な憲法を裏付ける思想についてお話をお聞きしたいですけども。

 あの・・・日本国憲法というと、よく3大原則というものが・・。


<<長谷川先生>>
 そう、そう、中学生はみんなこう・・ 一つ「平和主義」 一つ「国民主権」 一つ基本的・・・ え〜と、なんだっけ??とか電車の中でもやってて、こっそり後ろから、「人権!人権!」とか、言ってやったりするくらいもう小さい時から教え込まれている。 それを今日は問題にしていこうと。


<<倉山氏>>
 今回は特に、【国民主権】 よく、民主的というと戦後の日本では物凄く良い言葉のように言われて、マッカーサー以下、占領軍が来たときは民主主義は錦の御旗のような、それこそ本物の錦の御旗にとってかわったような。

 民主主義っていうと戦後の日本、特に今の日本人は良い事のように言われますけど、長谷川先生はもう何十年もこの民主主義という概念が非常に恐ろしい概念である、という論考を様々なわかりやすい啓蒙書から専門的な学術書まで書かれていますので、そのあたりを詳しくお聞きしたいと思います。


<<長谷川先生>>
 タイトルとしては、「本当は怖い民主主義」 「本当は怖い国民主権」 という、そんな感じでいってみたいと思います。

 今日、ちょっとここにコピーして持ってきましたのが、これは東京書籍の社会科の、中学生の教科書なんですけど、ここでも例によって日本国憲法の基本原理、3つあります。 【平和主義】 【国民主権】 【基本的人権の尊重】と! 今日はまず【国民主権】でいきたいと思うんですが、国民主権てどういう原理でしょうか!と言って・・・ ちょっと読んでいただけます!ここ。


<<倉山氏>>
 今日、3大原則、2回読んだので蕁麻疹出そうなんです、今・・。 けど、まだまだ読めますと!

 「国民主権と民主主義、国民主権は国家の権力は国民が持っており、政治は国民によって行われる原理である。 それは民主的な政治と同じ意味である。」


<<長谷川先生>>
 はい、よくできました、倉山くんという感じで中学校の授業をやっているわけなんですが、ただこれだけ聞くともう物凄く当たり前で、なんでわざわざ言うのか?っていうくらい当たり前に聞こえますよね!

 つまり、国民・・ その国の政治っていうのは、その国の国民以外の人間にやってもらったら困りますよね!

 (今の日本になってしまいますよね!by倉山)w

 まさに今の日本もそうだし、もっとハッキリしてたのは、あの戦争に負けて足掛け7年間の占領時代!あれも完全に日本国民以外の誰かさんが来て、「あれをやれ!」 「これをやれ!」と・・。 これはもう、これはもう国の政治としてダメでしょうと!

 そんなんじゃダメで、ちゃんと国民がその国の政治をやりましょうと、これ以上、真っ当な話はないんだけれども、なんでそれをじゃぁ、わざわざ原理として! しかもこれが民主主義ですと! 言うのはどういうことなのか?と考えただすと、実は結構考え出すとクエスチョンマークが出てくる。

 こういうそのちょこっとクエスチョンマークが出てきた時には、何をすると良いか!っていうと、そもそも、その言葉いったいどういう意味なの?というのを聞くというのが、これが一番大事なんですよね!

 ことに明治以降の日本人が使っている言葉の重要な言葉のかなりの部分が西洋語なんですね、実は。 もう、元々日本語の中には一つも無くて、でも西洋人が使っている言葉だからなんとか翻訳して、日本語にして使わなくちゃいけない、ていっぱいいろんな言葉を作ったその一つがこの【主権】ていう、国民主権であり、まず【主権】ていう言葉なんですね。

 この元に遡ってみると、本当は怖い素顔が見えてくることになる、というわけで、今日はちょっとアカデミックに、その日本語に主権て訳される前の西洋語の【主権】というのは、どんな言葉で、どんな概念だったか、その言葉の概念の歴史をちょっとお話したいと思います。

 で、いきなりラテン語が出てくるんですが、【シュプレーマスラテン語で最高の力 という意味)】というのが、実はこの【主権】という言葉のもとなんです。 で、もういきなりラテン語を持ち出すな!なんていう感じだと思うんですが、実はたいしたことはないんです。 要するに「最高の力」という、これがシュプレーマスという言葉の持つ意味なんです。

 なんでこんな言葉が西洋の政治の世界に出てきたかっていうと、これは16世紀のフランスで、ちょうど時あたかも宗教戦争で国の中がシッチャカメッチャカになって、そして実は当時のヨーロッパの王様って結構かわいそうな立場にいて、上は法王様から「あれをせい!これをしちゃいかん!」と命令を受けていて、で、下からは封建領主の突き上げがあって、だからサンドイッチになってやりたい政治が出来ない、というのが当時のフランスの王様の実情だった。

 これはもう、とにかく誰かがきちんと舵取りをしないと国は沈没しちゃうんだよ、という非常に真っ当なことを考えたのがジャン・ボダンという人で、(有名な政治学者ですよね!) そうです。
 
 で、この人が当時、なんかいろいろ曖昧に使われていた、その【シュプレーマス】という言葉をきちんと定義したわけです。 とにかく国というのはよその国からやいの、やいの言われてこっちに舵取りをする、あっちに舵取りをする、外からの圧力に屈するようでは国の政治はきちんと出来ない。

 で、法王様がなんと言おうとも我々はこうだ!という、そういう国家の自主独立、こういう意味が一つある。 で、内側としては封建領主があれこれ言って下から突き上げて、「オイラは従わないよ!」みたいな事を言うと国はきちんと運営できない。 で、もう王様が決めたからきちんとやれ!という国内での最高の力をもって。

 で、こういう外には独立、内側では「俺様は舵取りをする」という、そういうしっかりした権力を確立しておけば、真っ当な政治が出来るだろう、というのが【主権】という言葉の出発点だったんです。


<<倉山氏>>
 え〜と、ちょうどそのころ【絶対主義】が出来上がっていく時代ですけども、これくらい強い力でまとめないと国中がシッチャカメッチャカなので、まぁ圧倒的な強い独裁者を作らないとダメだという話ですね。


<<長谷川先生>>
 そうなんです、そうなんです。 

 で、しかもその時はきちんとジャン・ボダンはそれにくっつけて、だからと言って王様が突然、俺様の銅像を国中に作れ、と言い出しても困るし、民の政治を考えないで、ただひたすらテポドンとか作っても困るし!

 きちんと民のための政治をしなければいけないというのは、神様から王様が命令を受けているんだぞ!というのは、実はセットにしているんですね!(それが王権神授説!) そうです、そうです。

 だから実はその、【君主主権】と言われる絶対王権の政治っていうのは、はたから見るほど、そんなに酷いものではない。 きちんとそういうボダン(ジャン・ボダン)が設計した通りにやっていれば結構良い、真っ当な政治が出来る。
 (前がカオスだったから・・・) そう、せざるを得なかった!

 ところが、それをヘンテコに輸入しちゃったのがイギリスのスチュアート王朝のジェームズ1世なんです。 でね、もうこれは教訓として、へたによその国のマネをしてはイカン!!という、そういう酷い事をしてしまったのがスチュアート王朝のジェームズさんというわけなんです。


<<倉山氏>>
 という恐ろしいお話で。 まず、【主権】という言葉自体がももうとんでもなく恐ろしい概念で、当時、そういうもっと恐ろしい状況だから仕方がなく導入したものであって、本家フランスでも、でもそれを猿真似をしたイギリスでは、ヒトラーも怯えるような恐ろしいことが起きた、ということですね。

 それがいかに国民とくっつくか!というお話を後半に進めていきたいと思います。
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『ホントは怖い国民主権②』長谷川三千子・倉山満 AJER2012.5.15(4)
<<倉山氏>>
 前半では、「本当に怖い主権】というお話でしたので、そこに「国民」がくっつくと国民が怖い主権を持ってしまうとどんな恐ろしい事が起きるか、なんとなく国民主権という良いもののように使っているおバカな私のような日本人に教えて頂きたいと思います。


<<長谷川先生>>
 後半は「更に怖い国民主権」という、あの、全般にお話したのはフランスの絶対王権を眺めて、あ〜これ羨ましい、こういうのがあればうちのお母さんもあんな酷い目に遭わなくて済んだのにと、(エリザベス1世のことですね!) いろいろとトラウマを抱えたスチュアート王朝のジェームズ1世がそれを真似したまでは良かったんですが、実は元々イギリスというのは凄くバランスのとれた政治が売り物で、11世紀に大陸の方からウィリアム征服王がやってきて大陸流を持ち込むんですけども、元々のイングランドの民の議会というのを保存しておいて、そしてうまい具合にそことバランスをとりながら、外に対しては、「俺は力が強くて、心は優しい王様であるぞ!」と言ってイギリス国民を守りつつ、イギリスの議会と適当に妥協するという理想的なバランス政治をやっていた、というこういう歴史があります。

 時々、バランスを崩して【マグナカルタ】とか突きつけられる王様もいたんですけども、基本的にはイギリスの政治っていうのはそういう王権と議会のバランスでやってきたわけです。


<<倉山氏>>
 そうですね、日本がマトモ過ぎるのでよくわかるんですけど、イギリスは他の比べると凄いバランスがとれてマトモなんですね。


<<長谷川先生>>
 そうなんです。 日本人から見ると当たり前と思うんだけど、ヨーロッパ全体で見ると、もう超マトモな政治をしていたところにスコットランドからやってきたジェームズ1世が大陸にかぶれてしまった。

 自由王政だと言ってなんでも自分のやりたい放題をやる! これが自由王政だ、なんていうことを言い出すので、これをイギリス人は黙っていない。 そこでイギリス革命というのが起きて、そして100年はかかりませんでしたけど、70年くらいの動乱の時期が続いてしまった。

 で、その間に王様の首がちょん切られたり、共和制になったり、といういろんな怖いことが末にイギリスはもう一度、所謂、名誉革命という格好で、もう一度、バランス政治に戻らなきゃね、というそれが17世紀後半の有名な権利章典と言いますけど、あれは実はイングランドの古き良き法に戻ろうね、というメッセージと言ってもいいものだったわけです。

 ところが、これをもう一回、フランス人が眺めて 「あぁ、羨ましい」と、いつでも隣を羨ましがるっていう最悪なんですけど、今度はフランス人が 「おぉ!あそこでは王様を倒した!羨ましい! 自分たちも王様を倒そう」と。 うんと乱暴に言うとフランス革命ってそういう格好で起こっちゃったんですね。


<<倉山氏>>
 そうですよね、モンテスキューというイギリス政治の勘違いだけで三権分立という概念を発明しちゃってましたしね。


<<長谷川先生>>
 勿論、細かく言えば我々フランス人ももっと歴史を発掘して、ちょうどイギリスの議会にあたるような古き良き伝統を発掘しようみたいな、ある程度、真っ当な事を言う人たちもいたし、それからフランスはやっぱり強くなるためにはもうちょっと中央集権にしなきゃ、とかそういう行政の面で改革をしなきゃ! という人もたいし、いろんな思惑があって王様の首をちょん切りたいだけでフランス革命をやったわけでは無いんですけど、でもフランス革命の一番の旗印になったのが、君主の持っていた主権を国民が奪い返そうという、これなんですね!

 あの有名なシエイエス(エマニュエル=ジョゼフ・シエイエス)という人が、しかも国民というのは、貴族とか僧侶とか、あれはもう国民としない! もう一番下の第三身分の平民が一番偉いんだ! で、我々が力を持つんだ!と言って、そして現実に王様の首を切って革命政府を作って、そして例えば、バンレイ(?)の連中は、あいつらは反革命だ!と言って、30万人大虐殺、というそれをやってのけたのがフランス革命だったわけです。


<<倉山氏>>
 ギロチンじゃ間に合わないから大砲で殺そうとか・・・


<<長谷川先生>>
 そうそう! 大砲なんてね、全然良い方なんですよ! もう老朽船にバンレイの反革命の連中を全部押し込めて、老若男女全部押し込めて釘付けにして、ロワール側の川の底へ・・・ という、これは国民的浴槽(バスタブ)という、そんな名前がついたというんですが、そんな風な格好でもバッサ!バッサ!と王様の首を切っただけじゃなくて・・・

 (最初、国王陛下万歳!!と言って始まったばかり・・)

 そうなんです! それがいつの間にか王様の首をちょん切って・・・・ その王様の首を切り、王妃様を殺し、住民たち大虐殺をする、その錦の御旗は何かっていうと、【国民主権】だったわけです。


<<倉山氏>>
 そうなんですよね、特権階級を倒す。 主権は国民みんなのものだ!主権は国民にあるんだ!といって本当に主権の行使したということでいいわけですね。


<<長谷川先生>>
 で、しかも一番怖いのはなんだたかって言うと、なんで王様の首を切らなきゃいけないのか!っていう話になった時に、まぁ我々の常識だったら王様はこんなに悪いことをいっぱい計画していて、今ここで殺さないと物凄く悪いことがこの先やるから!とか、なんか理由がいりますよね! きちんと理屈の通った話。

 ところがね、【国民主権】てそれがいらないんです。 もう、国民がなにかこれをしたいと思ったらそれがもう【善】である! (止める力はどこにも無い!) 無い! もうそれで行けーということになるんです。


<<倉山氏>>
 ○○なんて関係ない! 伝統など寧ろ破壊するものだ!


<<長谷川先生>>
 という・・・ それから人を何人も殺すのもOK!という、そういう良い悪い関係ない!国民がそれを望むか、望まないか、それだけが大切ていうのが【国民主権】ていう。


<<倉山氏>>
 本当、なんでもできてしまうというのが国民主権ですよね。


<<長谷川先生>>
 日本人ていうのは、割合もう放っておいても国民みんなが常識を心得ていて、あんまり酷いことはしないから、国民主権でも大丈夫だって我々は安心しているわけですけども、でも、国民主権の原理をもし振り回しちゃうと、これはなんでもありの政治になっちゃう、というそういう怖い話が【国民主権】の原理の後ろ側にはピタッと張り付いていますよね。

 だから【国民主権】ていってみれば2つ顔があって、一つ真っ当な顔としては、もう自分の国の政治なんだから人任せにしないで、少しはきちんと「なんで今、こんなに経済が悪化しているのか! きちんと考えて、正しい政治家を選びましょうね」というような凄く真っ当なメッセージにも成りうるし、でも、一皮むくと、もう国民が望めば何やっても良い!! という怖い顔がその後ろにあるという、そういう怖い話なんです。


<<倉山氏>>
 民主主義と言えば、なんでもかんでも良いんじゃなくて、良くもなれば悪いこともあるんだから、その民主主義だから良いんだという発想をやめましょう!というのが今日の趣旨ですよね。


<<長谷川先生>>
 そうです! しかも、実は民主主義って一番古くを辿ると紀元前の古代ギリシャのアテナイで行われていた政治システムなんですよね! そこでも実は同じことが起こっていて、これはもう今みたいに議員を代表で選ぶっていうんじゃなくて、もうみんなそのアテナイの成人男子が大きい広場に集まって、そこでワイワイ議論をしたり、投票したりするんですけど、そこでも実はやっぱり最終的には【デーモス】、つまり民衆(市民たち)が良い!といったらそれが良いんだ、というそういう議論なんですね。


<<倉山氏>>
 まず、今風の言葉で言うと、ポピュリズムに流れやすい!


<<長谷川先生>>
 流れやすいというか、それそのものなんです。


<<倉山氏>>
 本来の意味は、良い意味でも、悪い意味でも【デモクラシー】と【ポピュリズム】は全く同じものだ、というのが古代ギリシャの考え方・・・。


<<長谷川先生>>
 そうなんです! でも、それに一番鋭く気がついていたのが哲学者で、我が尊敬するソクラテス先生はまさに民衆が望んだらそれが善だ!という、そういう原理に従って委員会の裁判所で、ああいう俺様の発言をする哲学者なんかは毒杯を仰いで死ぬべきである、という死刑の宣告を受けてしまった。
 だから哲学者にとって民主主義というのは天敵なんです。


<<倉山氏>>
 ですよね、みんなの為の政治に必ずしも民主主義がいくとは限らない。 民主主義でいく場合もあるけど、いくとは限らないというのが今日の趣旨だと思うんですけど。 そこで日本国憲法は絶対的に民主主義、国民主権、これはもう永久的に変えてはならないものだ、という風になっていますけどこれはどうなんでしょうか?


<<長谷川先生>>
 これを永久に変えなかったりしたら大変なことになる! こういうものは永久に廃止すべきだ!という議論をすべきだと思いますね。


<<倉山氏>>
 では、寧ろ民主主義という言葉に踊らされて中身を考えていない日本国民全員がポピュリズムに陥っているということでよろしいでしょうか!


<<長谷川先生>>
 もう、まさにその通りだと思います。


<<倉山氏>>
 民主主義の中身を考えよう、という、国の為に、みんなの為にという。 或いはみんなに良い政治を考えよう、ということでよろしいでしょうか!

 ただ、3大原則のひとつしか終わっていませんので、是非、来週もお話を続けてお聞かせ頂きたと思います。 宜くお願いします。


<<長谷川先生>>
 もっと怖い話です。w
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Category : ★憲法問題
Posted by 桜咲凛香(さくりん) on  | 2 comments  0 trackback

自衛権が認められていた占領基本法(日本国憲法) ― チャールズ・ルイス・ケーディスからの発言より―


改憲反対


違憲の占領憲法は無効 
占領憲法改正 ダメ。ゼッタイ! 


 まず、結論から書くと、日本国憲法(占領憲法、又は占領基本法)の改正など無用です! タイトルに書いたように、元々、日本国憲法という、とても日本国の憲法とは言えない、憲法の概念には該当しないものを作成したGHQ民政局次長で陸軍大佐のチャールズ・ルイス・ケーディスの発言により、固有の自衛権を認めていた事が発覚しています。

改憲の罠 憲法改正はディスインフォメーション
http://sakurine2012.blog.fc2.com/blog-date-20130810.html

 上記の記事は今月、8月10日に書いた憲法改正問題に関して書いたものですが、上記では安倍内閣総理大臣の憲法改正論を基に、これに対してこちらの意見を交え日本国憲法というものを本来どうするべきか、ということについて書かせてもらいました。

 安倍内閣総理大臣は、これから約3年余りの安倍政権において憲法改正にも邁進していく様子ですが、まず、改正をしやすくするということで96条の改正、そして、自衛権(集団的自衛権など)を正式に行使出来るようにするための9条(具体的には第2項の改正)の改正と、そして日本国憲法の根本的理念を示す「前文」の改正、これらを主な目的として憲法改正を政権公約に掲げこれから邁進していく様子。

 しかし私自身は、この安倍内閣総理大臣の行動を断固否定し反対していますが、それは単に【9条の会】などのように9条を絶対的なものとみなし、9条を断固守りたいからというのでは決してなく、逆に9条など日本にとって害悪でしかないと思っているし、日本国憲法など日本の正統な憲法などとは微塵も思ってはいない。(実際、憲法というものの本質、そして成立過程を鑑みてみれば憲法という概念には該当しない。) いや!日本人であるなら日本国憲法など憲法と思うなかれ! 憲法と思うことは日本人として恥である!!とハッキリとここに書いておきます。

 そもそも、憲法ではないものを改正してどうするんだと!? 憲法ではない、憲法としての有効性などなく無効なのだから廃棄してしまえば良い、という考えから否定し、反対をしているわけです。

 ここで誤解をしていただきたくないのは、単に無効だから廃棄してしまえば良い、というのではなく、紛い物である日本国憲法を改正することにより、これからの日本に大変大きな弊害をもたらすことになるからです。 具体的な事を書けば少々長くなりますので今回は控えますが、また後日、記事にしていくつもりです。





日本国憲法の改正は何故、無用か!


 ここから今回本旨となる事を具体的に書いていきますが、先述したように日本国憲法を作成した張本人のチャールズ・ルイス・ケーディス自身が改正の目的の一つとなっている自衛権(個別的自衛権、集団的自衛権)を認めているからであり、また、これとは別に日本が連合国軍から解放され主権回復し、独立を取り戻すきっかけとなったサンフランシスコ講和条約にも日本の自衛権(個別的自衛権、集団的自衛権)を認める旨の事が明文化されていたという事が発覚してます。

 まず、チャールズ・ルイス・ケーディス自身が自衛権を認めていた、という証拠の記事はこちら→
【あめりかノート】ワシントン駐在編集特別委員・古森義久(msn産経ニュースの記事:2012.5.2 03:19) 

 まず、産経の記事を大まかにまとめると以下のようになります。


A日本国憲法の草案は1946年、場所は、皇居に近い第一生命ビル内において2月3日からの10日間に二十数人の米国人たち(連合国軍総司令部(GHQ)民政局のスタッフ)によって書きあげられた。

B手続があまりにも大雑把であり、日本側への対処があまりに一方的な押しつけに徹していて異様だった。 戦勝国が占領中の旧敵国に受け入れを強制した憲法なのだから当然ではあろうが、それにしても粗雑な点が多かった。

C起草は都内の各大学図書館から他の諸国の憲法内容を集めることから始まり、後にマッカーサー・ノートと呼ばれる黄色の用紙に殴り書きされた天皇の地位や戦争の放棄など簡単な基本指針だけが手がかりだった。

D第9条の目的は日本を永久に非武装にしておくことだった。

第1項
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
第2項
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
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 そして、今回大きなポイントとなるのはこちら!


E上司(マッカーサー)からのノートでは戦争の放棄は『自国の安全保障のためでも』となっていたが、この部分はケーディスの一存(どの国も固有の自衛の権利は有しているからという理由で。)で削られた。

Fチャールズ・ケーディス氏は後に日本側から「芦田修正案」が出されたときも、ケーディス氏の判断だけでOKを与えた。 この案は9条の第2項の冒頭に「前項の目的を達するため」という字句を挿入することで、固有の自衛権を認め、自衛隊保持の根拠を供した。

日本国憲法は固有の自衛権を認めている
【あめりかノート】ワシントン駐在編集特別委員・古森義久

 上記は、今回大きなポイントとなる部分でEFの根拠となるものであり、今後、記事が削除された場合、その証拠として残しておくため記事の内容を画像にしたものです。

Eのところでケーディス氏が述べているのは、自衛権というのは主権国家なら存在して当然であるということ! 誰であろうと自国を守る自衛の権利まで奪うことは出来ない、という意味合いであると思います。


そしてサンフランシスコ講和条約において、つまり日本が主権を取り戻し独立した時から既に自衛権は存在し認められていた。

サンフランシスコ平和条約(日本国との平和条約)
画像をクリックして開いた方が見やすいと思います。
サンフランシスコ講和条約 第5条国連の集団保障、自衛権



 余談ですが、チャールズ・ルイス・ケーディスについて書かれてある「おもしろい」記事をみつけました。
憲法9条を作ったのは、GHQのケーディス大佐であることは知ってますか?

( ̄◇ ̄;)<GHQには共産主義者(コミンテルン)が侵入していたと聞いてはいましたが、コイツか・・・・・。w どうも日本国憲法によって日本を共産主義化(アカ化)しようとしていたようです。 そう! 日本国憲法というのは共産主義憲法であり、共産主義者、左翼が泣いて喜ぶ革命憲法なのです。

こんなものを改正し新しい憲法を作ったとしても、それは【第二の革命憲法】を作ることになるので危険なのです。




日本国憲法を作成し、日本側に押し付けた張本人が日本側の自衛権を認めていたのにも関わらず、何故、日本では改正をしなければ自衛権(集団的自衛権、個別的自衛権)の行使が出来ないとされているのか!


 ●「芦田修正」によって日本の自衛権(国軍の保持と交戦権)は保証された←此方の記事では、以下のように書かれてあります。(一部転載)

しかし吉田首相は一九五二年十一月、政府統一見解を出して、「九条第二項は、侵略の目的たると自衛の目的たるとを問わず『戦力』の保持を禁止している」としてしまった。歴代内閣も全てこの誤った反国家的解釈を踏襲してきている。交戦権についても同様である。

 当時の連合国側はすべて、日本が九条によって自衛のための軍隊と交戦権を持ち、自衛戦争ができることを認めていた。ソ連ですら一九五一年九月のサンフランシスコ平和条約会議における平和条約草案に対する修正要求(日本を侵略支配するためだ)の中で、「日本の陸海空軍の軍備は、自己防衛の任務にのみ供されるように厳格に制限されるべし」(曽野明氏『ソビエトウオッチング40年』四六頁、サンケイ出版八三年十月刊)と述べざるをえなかったのだ。

 ひとり日本政府のみが、国家に固有の自衛権を実質的にほとんど否定するような亡国的な政策をとり続けてきているのである。それは、
内部の敵である左翼侵略勢力が支配するマスメディアが行なう「平和憲法を守れ」「九条を守れ」という謀略の大量宣伝に屈伏し、洗脳されてきた結果である。


 この【左翼勢力】というのは、改憲の罠 憲法改正はディスインフォメーション←こちらに書いてある内閣法制局も該当すると思われますが、この内閣法制局は日本国憲法における集団的自衛権について真っ向から否定しているため、安倍内閣総理大臣は憲法を改正し、集団的自衛権の行使を正式に出来るようにと改憲に邁進しているわけです。

 私、個人的に思うのは・・・ 双方ともなんて愚かなのだということ! とは言いつつ、特に現総理は国内の左翼勢力からの圧力に押され、改正の方向に行くしかないのか? 現実は改正さえもままならない状況ではないかと推測しますが・・・・。







日本国憲法の無効について


 日本国憲法(占領憲法)の英語訳は、「THE CONSTITUTION OF JAPAN」となりますが、これは、大東亜戦争末期(第二次世界大戦末期)、日本が米国を中心とした連合国軍に占領され、「連合国統治領日本」となった時に連合国軍総司令部(GHQ)により作られ、日本側が無理矢理に押し付けられた、表向きは憲法とされているが、GHQが日本を統治する為に作られた「占領基本法」という性質の強いものであると言われています。

 つまり、サンフランシスコ講和条約によって主権を回復し独立したなら、もはや日本は【連合国軍統治領日本】ではなくなったわけですし、日本を統治する為に作られたGHQのための基本法(日本国憲法)なのだから、法としては無効となる。

 これ以外に、国際法(ハーグ陸戦条約43条)には、占領地の法は統治するのに支障がない以上、変えてはならない、という事が規定されており、GHQの行為はこの国際法に違反している。
ハーグ陸戦条約43条
やっぱりヘンだよ!日本国憲法



 よく反日左翼(サヨク)は、『連合国軍の占領の根拠となったポツダム宣言(国際条約の一種)によって日本は無条件降伏をしたため、憲法を改正され押し付けられたも仕方がない』とか、『ポツダム宣言の条文に大日本帝国憲法の改正を示すことが書かれてあり、無条件でポツダム宣言を受けれた日本は日本国憲法を成立せざるを得なかった! 合法(有効)だ!』 などと寝言、戯言を平気で言っているようですが、日本政府としては無条件でポツダム宣言を受け入れたのではなく、有条件降伏をしてポツダム宣言を受け入れ、無条件降伏を認めたのは日本の軍隊であり、これを混同し、日本は無条件降伏をした、と詭弁を弄しているのであり、日本国憲法を必死に正当化しようとしているのである。(いくら必死になっても無駄!w)

【なぜ隠す?】教科書に載らない恐ろしいポツダム宣言の全文
http://matome.naver.jp/odai/2136232117008395701
上記のサイトに掲載されていたポツダム宣言の全文を画像にしたものです。
ポツダム宣言1

ポツダム宣言2



 そして、ポツダム宣言の条文にも憲法の改正など示されていなかったのです。

ポツダム宣言には憲法改正は無かった1

帝国憲法には民主主義傾向があった
やっぱりヘンだよ!日本国憲法


 また、日本国憲法というのは大日本帝国を全面改正したものですが、この大日本帝国憲法の改正規定に従わず作られ、成立されたものであるということ。 これだけでも無効となります。

 占領当時、日本の主権、自由意思、そして天皇陛下の大権をも一時的に消失していた時代に、「主権の発動」たる憲法など日本人自らが作り成立させられるはずもなく、また、天皇陛下の大権をも一時的にGHQに移り消失していた。 憲法を成立させられる権利は天皇陛下のみに与えられているので、大権が一時的に消失していた当時、日本国憲法を成立させられるはずが無かった。



 これら諸々の理由により日本国憲法は無効であり、そして改正などしなくても自衛権の行使は可能であるということです。

 誤解をして頂きたくないのは、日本国憲法を【無効にする】のではなく、占領下で成立した当時から憲法としては無効だったのだから無効なのだということです。

 そもそも、このように無効な法を改正するなんていうのはどう考えてもおかしいのです。 改正するというのは、例えば9条なら、この9条が日本国家を拘束している為、国防が思うように出来ない、だから改正しようとなるわけで、無効というのは拘束力が無いということですから、わざわざ改正など行う必要は無いのです。 税金の無駄ですw


 しかし、国内の腹黒い欺瞞に満ちた反日左翼(サヨク)勢力は、いかに罪深い事をしてきたか! もし、国内にこういう害毒となる勢力が存在しなかったら竹島を取り返し、北朝鮮に拉致された被害者の方々を救出出来たのではないでしょうか。

 政府は、国内の害毒(反日左翼勢力)の圧力に負けず、サンフランシスコ講和条約、国連憲章を根拠に国家として自衛権の存在、そして主権たる自衛権の行使が可能であることを公式に宣言するべきではないでしょうか。



Category : ★憲法問題
Posted by 桜咲凛香(さくりん) on  | 0 comments  0 trackback

改憲の罠 憲法改正はディスインフォメーション



改憲反対 



違憲の占領憲法は無効 
占領憲法改正 ダメ。ゼッタイ! 


 「改憲反対」と画像を表示させていますが、別に私は9条教の信者でもないし、反日左翼でもありません。w 【違憲の占領憲法】 そして、【共産主義憲法】である日本国憲法を改正すると、日本の未来に様々な弊害をもたらすから反対の表明をしています。

 改正ではなく、「無効破棄」をするべきであり、日本国の真の憲法である大日本帝国憲法の復元改正が日本の正しい道筋だと思っています。 

 今回、安倍総理が過去(第一次安倍内閣解散後)に憲法改正論を語っておられるのに対し、いち有権者としての立場から思うことを書かせてもらっています。




安倍晋三の憲法改正論



<<憲法9条の問題点>>

今、改正論議が盛んですけども、安倍さんといえばこの憲法というイメージがすごく強いんですけど、今の日本国憲法についてはどうお考えですか。

 あの〜 まぁ、日本国憲法についてですね、現行憲法、私はずっと改正論者だったんですが、3つ理由があるんですね。

 1点目は、制定過程、大東亜戦争に負けて日本が占領下にあるときにですね、これは進駐軍が作った憲法ですね。 マッカーサーが幣原喜重郎内閣に憲法作成を命じたのですが、その原案がですね、毎日新聞によってスクープされてしまったんですね。 昭和21年の2月1日に。

 それを見てマッカーサーが、「これは俺が考えている憲法とは違う」と、「もう君たちには任せられない!GHQで作れ」と言ってですね、民政局長のホイットニー准将に指示をして、そしてホイットニーが2月の4日にケーディスという次長を呼んで25名の委員を決めたんです。 25名の委員というのは、たまたまそこに居た人たちなんですよ! 憲法の専門家でもなんでもなく、「あっ!!君!」とか言って決めたわけですね。w

 で、2月の12日までに憲法を作れと言ったんですよ! 言われた方もビックリしますよね!「2月の12日まで、あと8日しかないじゃないか! なんで2月の12日なんですか?」と聞いたらね、ホイットニーがこう言ったんですよ! 「2月の12日っていうのはリンカーン大統領の誕生日!その誕生日に合わして作れ!!」と言って、みんなビックリしたんですけど実際に作った。

 たった8日間で出来上がったのが私達の憲法ですね! まぁ、出来たものが良ければいいじゃないか、という人がいますが私達の基本法ですよね! これはやっぱりおかしいでしょ!


 2番目はですね、もう憲法が出来て60年以上経ったんですよね! 時代にそぐわない条項があります。 新しい価値も生まれてきましたね。 そういう中においてですね、21世紀に相応しい憲法を作っていくべきだ!



 そして3点目ですが、私達の憲法なんですから、私達自身が変えていく! この精神こそ私は新しい時代を切り開いていく、と私はそう信じています。




>>現行憲法、私はずっと改正論者だったんですが、

 まず、安倍総理のこの発言には疑問があります。
 下記の動画は、多分、2008年ごろのものだと思いますが、やしきたかじんさんの番組に安倍晋三氏が出演された時のものですが、改正ではなく、無効発言をされています。


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※一部、安倍晋三氏の発言を文字おこししてみました。

 サンフランシスコ講和条約によって日本が独立を回復した時にですね、ある意味では、この、現行憲法は云わばハーグ条約に違反をしているわけですから、実はそれでですね、GHQも躊躇して、最初、日本側に 「貴方たちが作りなさい!」と言って草案を作らせるわけですね。

 え〜ところがなかなか自分たちの好みのものが出来ないと! 2月1日に毎日新聞がスクープするんですね!(松本じょうじ案を) スクープしたわけです! これ全然、違うじゃないかと、彼らが思っている・・・。

 それで密かに作ってですね、ただ日本側にも作らせながら、日本側が提出したら、「そんなのダメだ!」と言って、自分たちのやつを出したんですね。

 だからこそですね、サンフランシスコ講和条約によって独立を回復したときに、これは無効であると!と言って、過半数で無効にできますから!

 そして、そこでですね、まさに自分たちの手で憲法を書く・・ 結果としてですね、似たものになるとは十分にありえるでしょうし〜 (以降略)
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 まず、何を言っているのかというと、日本国憲法はGHQ草案によって作られたものですが、憲法改正を日本側に命令し、しかも自分たち(GHQ)草案で他国の憲法を改正するのはハーグ条約に違反をするから、GHQも最初は躊躇して日本側に草案を作れと命令をしたわけです。

 しかし、日本側が作成した草案を毎日新聞がスクープし、その草案がGHQが求めているようなものではなかったため、日本側にも作らせながら、同時にGHQは密かに草案を作成していた。 日本側は修正をするたびにGHQに提出をして内容の是非を求めていたが、結局、これではダメだ、ということでGHQが密かに作成していた草案によって憲法改正を行い、そして出来たのが日本国憲法。 しかし、これはハーグ条約(ハーグ陸戦条約43条)に違反します。 
だからこそ、サンフランシスコ講和条約によって主権を取り戻し、独立を回復したときに 「これは無効である」と言って、過半数で無効にできますから、とわかりやすく表現をすればこういうことだと思います。

 まず、安倍総理は約5年ほど前までは、日本国憲法が無効であるということを認識されていたということがわかります。

 そして、その後、「まさに自分たちの手で憲法を書く」と発言をされている。

 つまり、これは正当な憲法の成立方法としての手続きに関する技術論として発言をされているわけですが、ここで大きなポイントとなるのは、【無効】と【改正】は相反する概念となるということです。

 改正について具体的に書くと、まず日本国憲法を何故、改正しようとしているのかというと、改正の大きな目的の一つに、【第9条】を改正し、自衛隊を国防軍にして交戦権を行使出来るように!ということでしょうが、これは9条で交戦権を否定され国防が思うように出来ない、つまり、9条が害敵からの攻撃から国を護る事を国家に対して禁止しているわけで、9条に法としての拘束力があり身動きが出来ないから改正をして、国防が出来るようにしようということになります。

 一方、無効とは、日本国憲法に法としての効力(拘束力)は無い!ということになります。(国家に対する拘束力は無い) ですから、わざわざ改正などする必要はないわけです。

 しかし、安倍総理は無効であるということを認識出来ていながら何故、改正を主張されるのか・・・?ということです。

 ここのところに大きな矛盾があります。

 無効であるとわかっているなら過半数の議決によって無効破棄を行えるよう動くのが筋でしょうが、なぜか、無効であるはずの日本国憲法をわざわざ改正しようとする・・・・?? いったいどういう思考回路なのか・・・?



>>もう憲法が出来て60年以上経ったんですよね! 時代にそぐわない条項があります。 新しい価値も生まれてきましたね。

 まず・・・ 安倍総理は、【憲法】と【法律】を混同されて考えいているふしがあるようです。

 法律というのは、国民の権利と自由を公の福祉に反しないよう制限する秩序ですが、憲法というのはその国のあり方(国体とか、国柄という表現を使用しますが、具体的にいえば伝統、文化といったその国が長きにわたり大切にしてきた国家としての精神)を示すものであり、安易に変更できるようなものではないわけです。

 まかり間違えて変えてしまうと、国体の破壊(伝統、文化の破壊)に繋がるからであり、時代にそぐわないなどというのはありえないことだと思います。

 その国の国体(国のあり方、伝統、文化など)というのは、これによって国が栄え、国民に安寧をもたらせ、国が存続してきた、国家にとって善きものであるから安易に変えてはならないし、国家はこれを護る義務があり、そして国民は子々孫々へと伝えていかなければならないという義務もあるわけです。 法律なら時代にそぐわないからということで変更は可能ですが、憲法はそうはいきません。

 このあたりを安倍総理は理解されていないのではないでしょうか?



私達の憲法なんですから、私達自身が変えていく!この精神こそ私は新しい時代を切り開いていく、と私はそう信じています。

 仰っていることはご尤もですが・・・ 国家に対する拘束力の無い、憲法としての効力などない日本国憲法を改正などしなくても、「日本国憲法は憲法ではない」として否定するくらいの勢いであってほしいものです。

 改正を!というのなら、日本国憲法が何の問題もない、正統な真の憲法であるならわかります。


特にやっぱり、憲法9条のことが一番話題になるんですが、9条に関しては安倍さん、何が問題だと・・・!?

 国が存立していくうえにおいてですね、大切なものはなにか! 安全保障ですね!国の安全というのは国民の命、子供達の未来がかかっていますね。 安全を守る軍隊について明確な記述が無い。

 寧ろ、逆にですね、そういうものは持たないんだ!って事が書かれてありますね! 交戦権も無いという否定をされています。

 これではやはりおかしいですね! ちゃんと日本国を護るための軍隊についてちゃんと記述がなされている、それによって集団コントロールもきちっとしたものになっていくわけですから、当然、憲法9条を変えて自衛隊の存在をちゃんと明記していくべきだろうと思いますね。



>>憲法9条を変えて自衛隊の存在をちゃんと明記していくべきだろうと思いますね。

 先述したように日本国憲法そのものには国家を拘束する力は無いのだから、わざわざ9条を変える必要は無いです。

 そして、最近わかったことですが、なんとサンフランシスコ講和条約において、【個別的自衛権】 【集団的自衛権】を認められています。

★サンフランシスコ講和条約でも、当然の権利として認められている集団的自衛権
http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-entry-38.html
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サンフランシスコ講和条約 (日本国との平和条約(昭和27年条約第5号)
第五条 【国連の集団保障、自衛権】
c) 連合国としては、日本国が主権国として国際連合憲章第五十一条に掲げる個別的又は集団的自衛の固有の権利を有すること及び日本国が集団的安全保障取極を自発的に締結することができることを承認する。
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 「国際連合憲章第五十一条に掲げる個別的又は集団的自衛」とは、以下のとおりです。

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★国際連合憲章
http://www1.doshisha.ac.jp/~karai/intlaw/docs/unch.htm
▼国際連合憲章第五十一条
http://www.clearing.mod.go.jp/hakusho_data/2007/2007/html/js407600.html
この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当つて加盟国がとつた措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。
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 自衛隊の存在をちゃんと明記する必要があるとの主張をされていますが、国連憲章を根拠にサンフランシスコ講和条約によって既に自衛権の行使が認められているのなら、わざわざ改正をして明記などする必要はないと思います。

 実は、昨日買った週刊新潮にこの憲法改正の問題が取り上げられており、ある部分を読んだところ、何故、安倍総理が憲法改正に邁進しようとしているのかなんとなくわかったような気がします。


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(週刊新潮8月15日・22号 P34の4行目より一部抜粋)
 内閣法制局長官は、内閣を法律問題で補佐する立場で、「法の番人」と呼ばれているが、「安倍さんにとって、集団的自衛権の行使容認は、憲法改正と並び、長年の悲願です。 特に、今年に入って「中国は尖閣諸島を本気で取りに来ている」と危機感を募らせており、日米同盟の重要性を改めて感じている。 それに対し、内閣法制局は長年、集団的自衛権について、「権利はあるが、行使はできない」という立場でした。 

 そこで、政府解釈見直し派の理論的支柱である小松さんを起用し、集団的自衛権の行使容認に向けた布石を打つ狙いがある」
(中略)

 当時の法制局長官は宮崎礼壹氏で、「安倍さんは総理就任後、計3回、宮崎さんを官邸に呼び出し、「法制局の見解を見直してもらいたい。 できないなら辞めてもらう」と迫った。 しかし、宮崎さんは頑として首を縦に振りませんでした。 それどころか、総理に対し〝自分を含め全員辞職する〝と言い出したのです。 全員とは、次長と第一部長から第四部長までの幹部を指すと見られ、結局、話し合いは最後まで平行線だった」

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 つまり、集団的自衛権の行使を内閣法制局から否定されにっちもさっちも行かなくなったからではないか?と感じ取れます。

 現内閣法制局という組織もこの国にとっては厄介な組織であると感じますが、「権利はあるが、行使はできない」なんていうのは日本語としてもおかしいのではないでしょうか!

 行使できないということは、権利がないということと同様ですから詭弁としか言い様がありません。 例えるなら、「国民には参政権はあるが、行使はできない」と言っているようなものではないでしょうか?w じゃぁ、最初から権利など与えるなよ!と文句の一つも言いたくなるような法制局の言い分です。


 しかし、安倍総理・・・ 無効とわかっていて何故、改正に邁進しようとしているのか・・・??



まぁ、60年以上前の政治情勢を基にしている憲法は時代にそぐわないと思いますけど、一番ですね、まぁ、このタイミングで憲法改正を必要と考えるのはどうしてですか。

 そもそも、まぁ、日本はですね、明治時代の欽定憲法、まぁ、これはまさに上から降ってきた憲法という受け止め方ですね。 そして、現行憲法というのはGHQが書いた憲法ですよ!マッカーサーによって与えられたと。

 今こそですね、私達自身の手で書いていく!ことによってですね、今このグローバルな世界の中においてですね、誇れる日本を作っていくことに私は繋がっていくと思いますね。

 で、先般の・・・ 先の大震災ありましたね! 緊急事態に対する条項っていうのは書いて無いですね。

 これは当然ですね、その後の民主党政権の菅政権のですね、対応のマズさもあったんですが、根本的にですね、こういう緊急事態対応が出来ない、という事の元はですね、やっぱり憲法にその記述が無いということも私はあるだろうなと思いますね。



>>明治時代の欽定憲法、まぁ、これはまさに上から降ってきた憲法という受け止め方ですね。

 え・・・?? 明治時代の欽定憲法(大日本帝国憲法)は上から降ってきた!!?? どういうこと??

 思うに、「上から降ってきた憲法」というのは、国民不在で作られた、民主主義的ではない憲法だという意味合いがあるとおもいますが、だったら日本国憲法も同じだし、しかも、国際法、そして国内法(帝国憲法の改正規定に違反)に違反をしている。

 まず、ここからの発言から感じ取れたことは、安倍総理は日本国憲法の無効性を認識はしているが、かと言って大日本帝国憲法は国民不在で作られた民主主義的ではない憲法であるから、これが日本の真の憲法だとは認められない。 よって現行憲法を改正し、全面改正!ということ。(日本国憲法は大日本帝国憲法を全面改正され作られたので、日本国憲法が無効ということになれば、必然的に大日本帝国憲法にリターンするわけです。

 これは私の個人的な解釈にしか過ぎませんが、
もし上記のように安倍総理が思っておられるのなら大きな間違いをしている。 まず、違法な条文(96条)によって改正という法的手続きを行おうとする事自体が道理に反している。 違法であるというのは無効であるとも言えますから、いくら96条に従って改正手続を行なったとしても、この行為自体が違法行為であり無効となるわけです。

 そして安倍総理個人のイデオロギーによって非民主主義的だからと帝国憲法を否定し、違法に作られた憲法とは言えないものを改正し、新たに憲法を作ろうというのは国体(伝統、文化)を否定し、また、破壊をする行為に等しいと言えます。

 もともと安倍総理は、【自由と民主主義】という、日本の国体には無かった概念、つまり、アメリカが最も重要視している国家としての精神を同じように重要視し、日本も【自由と民主主義】に溢れアメリカナイズされた国家を理想として目指しているようなので、「上から降ってきた憲法」という帝国憲法を否定するかのような表現をされたのだと思います。

 果たして大日本帝国憲法は「上から降ってきた」などと表現し、否定するようなものだったのか?



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長谷川先生のお話を文字おこししてみました。

 帝国憲法ていうと、なんか封建的とか全然違うんですけどね! 封建的の逆なんですけど。

 それから、もう・・天皇が絶対であるとか、君主主権で国民はもう全く声が届かないとかいう、そういういろんな嘘、偽りのイメージで飾られているのが帝国憲法なんですけども。 実はその帝国憲法というのは、古くからの日本の国柄と、それから当時、日本が国際社会に参入したときのスタンダードになっていた、所謂【民主主義】に基づく近代憲法。

 それから、その憲法に基づく立憲政治という、そういうものをうまく取り入れて出来た憲法なんですね。 前回のときに民主主義と、それから日本の国柄とこれをミックスするってどんだけ難しいよ、とお思いになると思うんですけども、実はね、以外にそれはそんなに難しくはなかったんです。

 というのは、どういうことかって言うと、日本の国柄っていうは大日本帝国憲法の第1条にあるように、「万世一系の天皇 これを統治する」とあるとおり、いつでも天皇陛下が国の中心にいらした。 必ずしも力を持っていらっしゃらなくても最高の権威としていつでも国の中心にいらした。


 という、これが日本の国体なんだね!ということは、帝国憲法を起草した伊藤博文、金子賢太郎、それから井上毅、伊藤みよじ、というこの4人の人が中心になって書いたんですけど、この人たちの共通認識として日本の国体っていうのは、天皇陛下が中心にいらっしゃる国の形なんだということについて、みんな意見が一致していたんです。

 ただ、形式的に天皇陛下が上にいたからといって必ずしも良い政治とは限らないじゃないか、というか、もう・・・ 左翼(サヨク)の教育の中ではそういう政治は最も不幸な政治だ、みたいな教えられ方をしていたわけですよね!(独裁政治的)



 ところが実は、全くそうではなくて、天皇が中心になった国柄のその政治思想の中心がなんなのか、っていうと、実は、【民を大切にする】 【民の安寧を第一の政治目的とする】 というのが実は日本の国体、大思想なんです。

 このことはね、いろんな古い古事記とか日本書紀を読んでもそこから浮かび上がってくるんですけども、幕末になって西洋のいろんな力が日本に及びかけてきたときに、その当時の例えば、水戸を中心にして水戸学という学問の一派があったんですけども、そういう人たちが改めて考えて、我々の政治思想っていったい何なんだろう?と、そう考えたときに、そのところって初めて国体という、今で言えば国民体育なんとかの、あの国体! 我々、あまり耳にしませんけど、我が国の形というのはなにか、という、そういう意味での国体思想というのを初めて意識的に作り上げたんですね。 作り上げたというよりも発見したんですね。

 こう昔のいろんな歴史の話しをずっと読んでいくと、要するにいつでも天皇陛下が一番心を砕いていらっしゃるのはなんなのか? この【民の幸福】ということなんだ。

 例えば、仁徳天皇の話しというのは有名ですよね! 丘の上に登って見渡したら、民の釜戸から煙がたっていない、これは全部、電化でOK!だ・・・っていう意味ではなくてw 「食べるものが無いんだ!! これは大変だから税を減税、或いは税を全部免除しよう」って、自分の着るものがボロボロになっても構わないからと言って民の為に無税の政治を実効する。

 という、これが日本の国体だ、ということは幕末から心ある政治学者たちが語っていたところなんですね。 それを明治の憲法学者たちも引き継いで、そしてその日本の政治というものの一番の根幹はなんなのか? というと、そういう天皇が国民の安寧を願い、そのために全力を尽くす、という、そういう政治の形なんだ、という、そういう事を発見したんですね。



明治憲法の創案者の井上毅という方は、元々、統治するではなくて「しらす」って読まれて、天皇が国を「しらす」というのが元々だったと伺っているんですけど、この「しらす」っていうのは、「治める」とは全然違うのですか?

 それはもう、まさに仁徳天皇が丘に登って、「あ、民はどうか、ちゃんと食べているかな?」という、それはまさに、ある意味で情報調査ですよね! でもそれは民からどれだけぶんどれるか、っていうために調査しているのではなくて、本当に幸せかどうかを知る! 「知る」の敬語体が「しらす」という言葉なんですよね。

 そういう風にして民の安寧を願うためにいろいろ調査をし、情報を手に入れるというのが「しらす」という言葉。 本当は、井上毅は、「しらす」という言葉を書き入れたかったんですよね。 それが一応、硬い漢語の「統治す」という、上から目線の言葉になってしまいはしたんですけど、明治憲法の思想というのが寧ろ、「統治す」という硬い漢語ではなくて、「しらす」という事なんだ、というのは、これは明治憲法が出来たあとで憲法の解説書を、憲法の起草者たち、井上毅が実際には起草したと言われているんですけど、伊藤博文の名前で憲法解釈書が出ているんですね。

 そこの一番最初に、これはこういう趣旨なんだ、ということが出ているわけなんです。 だからその精神でいけば、「人民を虐げてはいけない」 というのはもう当然のことなわけですよね。



そもそも、天皇陛下の人間性というか、徳、そういうものを全て失わせて、身を投げ出すというのか・・・ 国民に・・

 そうですね、国民の方から、だから安心して従っていくことができると。

 それも、天皇陛下ご自身にの徳、人柄ということだと勿論、我々が知っている明治天皇にしても、大正天皇にしても、昭和天皇にしても、みんなこう人格者で徳の高い方だから、安心してそういう思想に従っていけるわけですけども、長い歴史の中では必ずしも、どんな天皇陛下も人格者ということは言えないはず、ですよね。

 そこに実はもう一つ、日本の国体のもう一段、懐の深いというか、奥の深いところで、民のその時々の天皇陛下の人柄に頼っていたんでは、それは必ずしもいつでもいい政治になるとは限らないかもしれない。

 でも、実はもう一つ、日本の国体の後ろ側に大事な事があって、天皇陛下っていうのは勿論、一番、偉い方なんだけれども、実は天皇陛下よりも偉い方々、天皇陛下ですらその前ではいつでも跪く方々というのがあって、それは要するに天照大神をはじめとする日本の神々なんですよね。

 古事記にしても、日本書紀にしても天皇陛下はその神々の遠い子孫だということになって、左翼(サヨク)の人たちは、「だから天皇陛下がえばるんだ!」というわけですよねw えばるための子孫ではなくて、寧ろ、えばらないための形なんですね!

 つまり自分の祖先にはどんな偉い人でもかしづき、膝まづかなければいけない、そして祖先がくれた遺訓というものにいつでもきちんと従わなければいけない。 そういう形で、天照大神から伝えられた代々の遺訓として民を大御宝として尊びなさい、という、その徳がず〜と代々引き継がれている。これが日本の国体なんですね。

 でも、まさに日本の民主主義、もし敢えて言えば、「日本型民主主義」という言い方が出来るとすれば、まさにそういう国体の形で支えられているわけですね。 だから、帝国憲法というのは、一口に言ってどういうものかというと、実は日本の国柄というのは、民主主義がある意味で究極の目標にしている「民の幸せ」というものを、昔から自分たちの伝統として護り育ててきた、そういう政治道徳を持った国柄だ、ということなんです。



我々はもう、なにか他の政治システムとか探す問題じゃなかったんですね。 すでに究極の理想の形を持っていた!

 そうなんです! 民主主義というのもそういう形で受け入れる限りでは、もうほんとうに何の害も無いというか・・・

血を血で洗うような、革命に革命を重ねて、これによって引き釣り降ろすような・・・

 それによって民主主義になる必要なんて全然無いわけで。



先生、大日本帝国憲法の素晴らしさ、っていうのをお話頂いたんですけど、じゃぁ、今のこの日本国憲法はどうなんだ!っていう。。。。

 そうなんですよね! 帝国憲法がこんなにいいものだったら、しかも、これしっかり民主主義なんだ、ということを見れば見るほど、じゃぁ、なんで日本国憲法なんていうものに変える必要があったのか、日本国憲法っていうのは形の上では大日本帝国憲法を改正し、それに変えたっていう、そういう体裁をとっているわけなんですけど、変える必要ないじゃない!!という・・・気がしてきますよね!

 で、何がきっかけだったと思います? なんで、そんな日本国憲法に変える必要があったのか・・・


アメリカの占領下におかれたときに、アメリカ式の憲法を日本に無理矢理当てはめたっていうことなんだと思います。

 そうやって出来たんですよね! だけどいくら負けたからって、そんなことをしていいのか?という気がしますよね。 実際、戦争に勝ったからといって、本当はそんなことをしちゃいけないんですよね。

 もう、それは実は国際法にちゃんと定められていてハーグ陸戦規則という、100年以上前にできた国際法なんですけど、そこに占領した国にどういう事をしたらいけないか、ということが第43条に定められていて、もうどうしても絶対に支障が出ると言うんでない限りは、できる限り現地の法律を尊重して占領しなければいけないとあるわけです。

 絶対の支障っていうのはどういうことかっていうと、例えば、一時期、アメリカがイラクを占領していたときに次から次と爆弾テロで大変なことになってましたよね! ああいう、ことが起こっているときには、「いや、イラクの法律にはそれがありません」ということを言われても、とにかく人命第一ということで、占領者がそのときどきに法律を出しても構わない、だけれども、そういう特殊な事情がないときには占領地の法律を変えてはいけないというのが、国際法なんですよね。

 ただの法律ですらいけないんで、もう憲法を変えたりしたらもっといけないわけですね! そういう意味では、日本は負けて占領されたんだから憲法変えられてもしょうがないや!という、こういう考え方は実は成り立たないんです。

 もう一つ、その日本国憲法を擁護する護憲派の人たちがいうのは、日本は占領されるにあたって、まず降伏に際してポツダム宣言ていうのを受諾して降伏をしたんだ!

 ポツダム宣言の中にはいろいろ怖い条項があるんですよね!これを守らないとお前たちを待っているのは、迅速且つ完全なる壊滅だぞ!とか、しかも、それ本当にやったわけですからね、広島と長崎に爆弾落として! そういう怖い、ヤクザがピストルをこめかみにつけていうようなセリフを同時に、日本が護らなくちゃいけない条件として、例えば、【民主主義的傾向の復活を阻害してはいけない】と・・・ ちょっと奇妙なセリフでしょ!



元々、民主主義だったのではないですか?

 実は、ポツダム宣言を起草した人の中には、かなり日本のことをよく知っている人たちが混じっていて、所謂【知日派】っていわれる、日本で大使をしていた、元日本大使のグルーさんも入っていて、そういう人たちが大日本帝国憲法の事をよく知っているんですね。 だから「民主主義の復活」を妨げてはいけない、つまり、大日本帝国憲法をもう一度活用しなさい、という趣旨なんですね、本来。

 基本的人権とか、思想の自由、そういったものは尊重されるべきである、なんていうことがポツダム宣言の中に入っている。 でも、それはまさに・・・ じゃぁ、明治憲法をきちんともう一度、正しく活用すればいいことですね。 実はそういう話なんですよね!

 ところが、もう帝国憲法っていうのは、もう本当に絶対君主が自分の意思を国民い押し付けるような憲法だ、という、そういう思い込みにとらわれた人たちは、こういうポツダム宣言をきちんと護るためには帝国憲法を改正しなくてはいけない、という、そういう理屈を言うんです。

 ところが、それはもう実情に則していない。 戦後、所謂【護憲派】の大御所みたいに言われていた、宮沢としよしさん、という方がいらして、その方なんかはもう、日本国憲法はいいんだ!!っていうことを言っている代表みたいに言われていたんですが、その方が敗戦後、法制局に招かれて、こういうポツダム宣言を見てやっぱり憲法改正必要でしょうかね?と聞かれて、「いやいや、全然必要ないです」と、答えているんですよ。

じゃぁ、どこから考え方が変わったのですか?

 どこから変わったかというと、実は、日本人はほとんど誰一人として大日本帝国憲法を思いっきり変えなきゃいけないということを考えていなかった。 それを言い出したのはマッカーサーで、マッカーサーは実は大統領から、「日本が二度と未来永劫、アメリカの脅威にならないように占領しなければいけない」と言われて、で、ここでどういうことが考えられていたかというと、日本が軍備を持って、そして、日本の国に誇りを持って、そして普通の国としてもう一度立ち直ったら、あの戦争、アメリカにも変なところあったんじゃない、ということに気がついて、もう一回、アメリカに雪辱戦をしかけてくるかもしれない、と彼らは考えたんですね。

 自衛のための戦争ですらしないということをしっかりと憲法の中に組み込んでしまえば、そうすればもう絶対に日本はもう二度とアメリカの脅威にならない。 そのためには憲法を自分たちで作っちゃわないとダメなんですね。

 昭和21年、早春にいいがかりでもって・・・日本も一応、憲法草案を日本政府が作っていたのを、毎日新聞がスクープして、例によって新聞らしく、こんな古臭いものを作っているぞ!と言って宣伝した。 
それをここぞとばかり捉えて、憲法改正しなきゃいかんと言って、GHQの民政局の20数人のスタッフで憲法を作ってしまった!

 しかも、こすからいのは、これを絶対にアメリカ人が作ったと明かしてはいかん!!と、全部、新聞も、雑誌も検閲をビシッ!!と敷いて、これは日本政府の案ですよ! 日本政府が国会で討議するんですよ、と言ってあたかも本当にきちんと改正論議があったようにして作られた。

それが日本国憲法。




やっつけの仕事って言ったらなんですけど、そんなもので作られた日本国憲法に今も、私達は縛られている、ってことなんですね

 もう、これは中身の何が良い悪いというよりも、この歴史観が屈辱の歴史で、我々は日本国憲法を見るたびに、怒りをもって振り返らなければいけない。

あの狂った憲法の全文もそうですけど、もうそろそろ、元の日本姿に戻して行かなければいけない!

  もう一回、明治維新のときに戻って我々の憲法を作らないといけないという、そういう気がします。




憲法を改正しないと日本にどのような不理益があるってことなんですか?

 例えば、憲法の前文にね、【平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、我らの安全と生存を保持しようと決意した】と、こう書かれてありますね!

 普通の国の憲法はですね、「私達の国民の命、財産は断固として護る!」という決意が書かれてあるんですよ。 
日本国の憲法の前文にはなんとですね、「これは諸外国の人たちにお任せしますよ」と書かれてある。

 よく、外務省の外交がですね、自主性が無いとか、主張しない、当たり前ですよ!そういうことしちゃいけない、と前文に書いてあるんですからそのとおりに外務省の諸君はやっていると、いってもいいんじゃないですか!

 それによって例えばですね、横田めぐみさん、13歳の少女が拉致をされた!彼女を取り戻すために何ができるか! 北朝鮮で生存が確保されてもそれを取り返すという手段を私たちは持っていない。

 これやっぱり憲法なんですよ!



>>
よく、外務省の外交がですね、自主性が無いとか、主張しない、当たり前ですよ!そういうことしちゃいけない、と前文に書いてあるんですからそのとおりに外務省の諸君はやっていると、いってもいいんじゃないですか!

 (ーー;)<う〜ん・・・・?? 本当に主張してはいけない、と書かれてあるのでしょうかね?

 これじゃぁ、まるで奴隷じゃないですか!! 自主性を出してはいけない、主張をしてはいけないなんて主権国家としてどうなんだろう・・・? 安倍総理のこの主張は極論すぎてついていけないのですが、要するに、外交上、武力行使に関わることについて書かれてあるだけだと思います。

 「当たり前ですよ!」なんて言える事自体が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 当たり前と思うその感覚がおかしいのではないでしょうか?




まぁ、首相の在任中に安倍さんは国民投票法を成立させましたけども、今、憲法改正を妨げている原因というのはなんだとお考えですか。

 妨げている原因の一つはですね、やはり、これは3分の2条項っていうのがありましたね。 
憲法改正のため・・ え・・96条ですね! 国会の発議を要するためには国会議員の3分の2が賛成をしなければダメなんですね!

 だから、これはまぁ無理だろうと! はなからみんな思ってしまっている。 
真剣に考えてこなかった! その原因はやはりこの3分の2だと思うんですよ。

 寧ろ、国民の手に取り戻すためにはですね、これを変えて3分の2を2分の1に変える!!2分の1に変えたうえにおいて国会で発議されたら国民投票に進む!これでも国会、国民投票、2段階ですから・・・

 あの〜 そもそも3分の2がなければ国民投票ですらしない! これはおかしいですよ!



>>
あの〜 そもそも3分の2がなければ国民投票ですらしない! これはおかしいですよ!

 ( ̄◇ ̄;)<「過半数で無効になる」って言ってたんだから無効の方向で動けばいいんじゃない!!w

 そもそも96条を改正するにでも国民投票をしなければいけないんじゃないの? 安倍さん!

 先述したように、憲法と法律は別物であり、憲法は国柄(国の形)を表す最も重要な最高秩序なのだから軽々しく変えて良いものではないので、だから簡単に変更出来ないよう3分の2になっているのですよ!

 それを変えやすいように2分の1にしてしまえば、どんどん国柄(国体)が変えられ、最終的には原型をとどめない、日本が日本で無くなってしまうかもしれない。 つまり国体の破壊がどんどん進み、全く別の国の形になってしまう恐れもあるわけです。 だから憲法の改正規定なども変えてはいけない。

 仮に2分の1に変更し、今後、また民主党などのような極左政党が政権をとった場合、「天皇条項を消して、天皇制も廃止にしよう」と憲法改正を行なった場合、簡単に通ってしまう恐れもあるわけです。 だから危険なんです。




憲法9条は、安倍さんはどうあるべきだと思われているのですか。

 憲法9条は、第1項についてはそのままでもいいと思うんですが、第2項についてですね、自衛隊、まぁ、自衛軍でもいいでしょうけど、その存在を軍隊として認めて! その最高指揮官は総理大臣であると! そして目的の日本を護る、且つ、国際社会の平和と安全のために(?)をするということを書き込んでいくことが大切でしょうね。

 既に自民党案はできています。 今、私が申し上げたようなことがだいたい書かれてあります。



>>
第1項についてはそのままでもいいと思うんですが

 ( ̄◇ ̄;)<え? 第1項は改正しないということ?

「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」

 武力による威嚇、又は武力の行使を永久に放棄するっていうのをそのままにしておいたら、第2項だけ改正しても意味ないと思いますが?w つまり1項と2項が矛盾してくるのでは?

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日本国憲法(第9条)
<第1項>
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

<第2項>
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
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以下は自民党の憲法j改正案(9条の第2項)です。
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http://www.dan.co.jp/~dankogai/blog/constitution-jimin.html
我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮権者とする自衛軍を保持する。

2.自衛軍は、前項の規定による任務を遂行するための活動を行うにつき、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。

3.自衛軍は、第一項の規定による任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び緊急事態における公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。

4.前二項に定めるもののほか、自衛軍の組織及び統制に関する事項は、法律で定める。
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 自衛【軍】と書かれてあるのですが、「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」のだったら、自衛軍として何によって自衛し、又は集団的自衛権によって同盟国と協力をするときに何によるのか・・・・ つまり武力は使用しないということになると、これまでと同様、なのではないかという気がしますが??

 ( ̄◇ ̄;)<ハッキリ言って何がしたいのかサッパリわかりませんw



これまでに、社会党政権時代の村山談話とかですね、民主党政権下では菅さんは日韓併合100年に際して自虐史観とも言うべき談話を発表してきたんですが、まぁ、この点に関してこれまでの政権の国防、外交に対する危機意識は、このあたり安倍さんはどうお考えですか。

 まぁ、それぞれの談話はですね、その時々の政治状況っていうのがあるんですが、一度出してしまった、閣議決定を経た談話は外交的な意味合いを持ちますので、これを変更することは大変なんですよね。

 日本ていうのは人が良くてですね、一度はそこでですね、日本が頭を下げておけばこの問題に終止符を打つことができるんではないか、と思うんです。 で、やったんですね。 
それをいつまでもむこうは、云わば勝ち得たものとしてですね、振りかざしてくるんですね。 そのことに私達はもっと早く気づくべきだったんだろうなと思います。

 私も反省点としてはですね、政権をとった時に村山談話ではなくて、それを安倍談話に変えておくべきだったなぁ、と思いますね。



>>
私も反省点としてはですね、政権をとった時に村山談話ではなくて、それを安倍談話に変えておくべきだったなぁ、と思いますね。

 ( ̄◇ ̄;)<再び政権をとったと思ったら、村山談話を全て踏襲されましたが、これでは安倍談話など出せないと思いますが!

 志は理解できますが、結果的に踏襲してしまえばもう二度と談話は出せないでしょう! 折角のチャンスだったのに・・・。

 ていうかですね、反日の抵抗勢力が存在する限り、【正しい談話】など出せるわけがないのだし、出来もしないことを言って国民に期待を持たせ、後でどんでん返しで今まで何度、ガッカリさせてきたことか・・・・。 出来もしない事を言って国民を裏切ると長期政権を保てなくなるのではないでしょうか。


安倍晋三政権村山談話踏襲 石破茂幹事長も高市早苗議員に苦言
http://1000nichi.blog73.fc2.com/blog-entry-3342.html
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村山談話「全て踏襲」=菅官房長官、安倍首相答弁を修正 時事ドットコム
 菅義偉官房長官は10日午後の記者会見で、過去の侵略と植民地支配を謝罪した1995年の村山富市首相談話について「(談話)全体を歴代内閣と同じように引き継ぐと申し上げる」と明言した。
 安倍晋三首相の歴史認識をめぐり、中韓両国の反発に加え、米国にも懸念の声があることを踏まえ、村山談話を「そのまま継承しているわけではない」とした安倍首相の4月22日の国会答弁を事実上軌道修正したとみられる。
 
 菅長官は、「侵略の定義は定まっていない」との首相答弁に韓国から反発が起きたことに関しても、「安倍内閣として侵略の事実を否定したことは一度もない。こうした点も歴代内閣を引き継いでいる」と強調した。(2013/05/10-18:47)
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201305/2013051000932
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正しい歴史認識がね、これは本当に必要だと思っているんですけど、どうしたら正しい歴史を国民が学ぶことが出来るんですかね。

 歴史認識についてはですね、本来、政府が歴史はこうだったと認識を示すというのはおかしいんですね。 
歴史認識というのは歴史家に任せるべきであってですね、そのときの総理大臣らに政府というのはどうしても対抗的関係を配慮せざるを得ない。 こうなるとですね、正しいことを正しいと言えない場合があるんですね。

 だからこそ歴史についてはですね、かみのごとくその時の権力者がこうだったという事は控えなければならない。

 それと同時にですね、様々な歴史には見方があります。 今の歴史教科書がおかしいですね。 
これを変えていくためにはやはり常識なんですよ! 常識の力でですね、この状況に風穴を開けてもらいたいなと思いますね。



歴史認識についてはですね、本来、政府が歴史はこうだったと認識を示すというのはおかしいんですね。歴史認識というのは歴史家に任せるべきであってですね、そのときの総理大臣らに政府というのはどうしても対抗的関係を配慮せざるを得ない。 こうなるとですね、正しいことを正しいと言えない場合があるんですね。

 歴史認識で既に政治問題になっており、「謝罪と賠償をしろ」という国家に対していいがかりをつけ、カツアゲ問題にも発展しているというのに、政府が歴史はこうだったと認識を示すというのはおかしい、なんてよく言えると思いますね。 私には責任転嫁しているとしか思えない。

 政治、外交の能力の無さを棚に上げ、ごまかしているだけでのようにしか感じません。

 歴史家だって圧力をかけられマトモな対応が出来るわけがない。 誰かに責任転嫁してごまかすようでは、この問題は支那や韓国、朝鮮、米国という国がこの世から消えてなくならない限り、永遠と続くでしょう。

 去年の衆院選前の自民党総裁の時代には、威勢良く河野談話などを批判し、否定していたわけですが、政府が歴史はこうだったと認識を示すのはおかしいというのなら、否定、批判もせず最初から黙っておくべきだったと思いますね。

 単なるご都合主義の言い訳にしか感じません。


タイミングとして大変気になるのは、中国のですね、尖閣諸島進出の問題とか、北朝鮮のミサイル、それから普天間の基地の移設問題とか、日本に迫る国防、外交上の問題が続発していると思うんですけど、このあたりは安倍さんはどのように認識していらっしゃいますか。

 憲法との考え方で言えばですね、最初に申し上げましたように前文にですね、「平和を愛する諸国民」に私達は安全を任せている。 これおかしいですよね。

 やはり私達の手で断固として護るという意思と、決意を示さなければ護ることはできませんね。 
例えば、尖閣! 確かに日米安保条約の対象ですよ! 実効支配をしているのですから。

 しかし、例えば今の日本の総理大臣がここに中国が上陸してきたから、「アメリカ!助けてください」と言っても助けませんよ! まず、私達が命をかけて護るという決意を示さなければアメリカの若者は私達の為に命をかけない! 当たり前ですよね! 
このことがですね、スポッ!!と抜け落ちてしまっているんですね。

 これが日本にとって私は最大の問題点、これこそが戦後の精神構造、まぁ、私がよく言っている戦後レジームなんですね。 これから脱却していくことがまず大切ではないかなと思いますね。



>>これが日本にとって私は最大の問題点、これこそが戦後の精神構造、まぁ、私がよく言っている
戦後レジームなんですね。 これから脱却していくことがまず大切ではないかなと思いますね。

 ( ̄◇ ̄;)<「アメリカ助けて!!」と言っている時点で戦後レジームからの脱却なんて無理だと思いますけどね・・・。

 それに、アメリカさまは、自国の理益にならない事には首を突っ込まないようですし! 助けて!!と言っても助けにきてくれないかもしれませんよ! 集団的自衛権も重要ですが、まず、他国に頼らずとも自国を余裕で防衛出来るくらいの余力をつけていくべきでしょうね、支那や米国、そしてロシアなどのように。

 そもそも、日本に米軍が居座り、占領状態のままでどうやって戦後レジームからの脱却ができるのでしょうか?

 あと、日本には軍事力をつけさせない為に米軍を置いて監視させているというお話をきいたことがありますが、これで本当に改正は可能なのでしょうか?



集団的自衛権の必要性を訴えていると思うんですけど、この集団的自衛権、素朴な疑問ですけどなぜ必要なんでしょうか。

 集団的自衛権というのはですね、まぁ、言ってみれば、生島さんと私がぷらぷら歩いていて、悪い人が来て生島さんを殴ったとしますね。 黙って見ているのが今の日本の立場ですよ!

 で、生島さんをやっつけたあとどうするかというと、その人は今度、私をやっつけに来ますね。 
だから生島さんを殴ったときにですね、私と生島さんが共同して彼を、悪い人をやっつける。 これが集団的自衛権の行使なんですが、これを行使しない、ということ自体がですね、社会生活として成り立つかどうか、成り立ちませんよ、当たり前じゃありませんか。

 別に生島さんじゃなくて子供だっていいんですよ! 一緒に歩いているのが生島さんのお子さんだとする。 
それを私が見捨てる、それが正しいと考えているのが今の日本の姿勢なんですよ。 これはおかしいですよね。

 ですから集団的自衛権の行使、別にこれは行使しなければいけないということはないんです。 
行使出来る、ってことなんですよ。

 日米の同盟関係は、まぁ、日米安保条約なんですね、日米安保条約は第5条においてアメリカが日本を助けると書いてありますね! アメリカは日本のために命をかける、ということなんですね。 
逆は無いんですよ! 条約上ですから私達は義務を負う必要はありません。

 しかし、例えばミサイル防衛で、今、北朝鮮から飛んできたミサイルを日本は打ち落とすことができます。 この飛んできたミサイルがですね、東京に飛んできたミサイルは打ち落とすけども、グアムに飛んでいくミサイルは、「あ、これはグアムに飛んでいくからこれ打ち落とすのをやめておこう」という事を一回でもやったらですね、グアムで数万人の方が亡くなったら日米同盟は終わりですよ。当たり前じゃないですか!

 やっぱり打ち落とせるようにするためには集団的自衛権の行使が必要なんです。 
当たり前の事は出来るようにしておこうということですね。

 しかし、それをやるか、やらないかはその時々の政策判断だということになりますね。



しかし、例えばミサイル防衛で、今、北朝鮮から飛んできたミサイルを日本は打ち落とすことができます。 この飛んできたミサイルがですね、東京に飛んできたミサイルは打ち落とすけども、グアムに飛んでいくミサイルは、「あ、これはグアムに飛んでいくからこれ打ち落とすのをやめておこう」という事を一回でもやったらですね、グアムで数万人の方が亡くなったら日米同盟は終わりですよ。当たり前じゃないですか!

やっぱり打ち落とせるようにするためには集団的自衛権の行使が必要なんです。

 ( ̄◇ ̄;)<そもそも、国連の憲章と日本国憲法が矛盾しているわけですが、国内法に反した条約は結べないのだし、自主防衛を急ぐなら9条を一定期間、「停止」させるとかしないと、ハッキリ言って10年・・・ 20年・・・ いや、100年経っても改正は出来ないのではないでしょうか。

 基本的に改正には反対の立場ですが、悠長に改正云々なんて言っている間にどんどん脅威が迫り、気がついたら尖閣取られてました!なんてことにも・・・・。


自衛隊のあり方というのは、どうお考えでしょうか。

 自衛隊というのはですね、これはやはり国際社会から見て軍隊なんですね。 当たり前じゃないですか。 
レベルとしてもですね非常にレベルが高いです。 毎日、毎日、訓練してますし。 装備においても第四世代の戦闘機F15ですね、200機持ってますね。 イージス艦、6隻持っている。 大変高いレベルの云わば実力組織ですよね。

 この力によって日本は護られてきたんですよ。 何によって護られてきたかということを私達は考えなければいけない。 
同時にですね、それは軍隊ではない、とも言っている。 これはやっぱりおかしいですよね。

 つまり猫なのにネズミと言っているようなものなんです。 
猫はやっぱり猫ですよ、ということを言う必要がありますね。



猫はやっぱり猫ですよ、ということを言う必要がありますね。

 (ーー;)<だったら、「日本国憲法は無効なのだから、無効ですよ」と、いうことを言う必要はないのでしょうか!



<理想とする日本の姿>

素朴な疑問なんですが、日米同盟はなぜ必要なのか、このへんは安倍さんはどうお答えなりますか。

 今、世界でですね、自分の国、一国だけで自分の国の防衛が出来る能力を持っている国は米国くらいでしょうね。 あと、中国もそうなっていくかもしれないですね。

 日本は核武装をしていませんね。 まぁ、しかし、北朝鮮も核武装をしようとしていますし、或いは、中国は核武装をしてますね。 
こういう国が日本に対して核攻撃が出来ないようにするためには、もし、日本に核兵器を使ったら報復をされますよ、核で報復をされる、これが抑止力になる。

 日本は持っていない。 日本の代わりにアメリカが使いますよ!ということになればですね、核兵器を使うっていうことは控える、ということになります。 
日本とことをかまえればアメリカも、ということになればですね、日本に対する武力行使、みんな戦いますよね。

 まぁ、世界で一番強い国を用心棒としていると! この日米同盟によってですね、まぁ、様々な場面でお互いが協力していくことになります。 
同盟関係っていうのは、まさに信頼によって成り立ちますよね!そういう関係っていうのは安全保障だけではなくて、あらゆる面でお互い協力をしていこうとなっているんですね。

 ですから外交上、まぁ、安全保障上もですね、日本はこれによって大きな理益を得ていると言ってもいいではないでしょうか。



>>
今、世界でですね、自分の国、一国だけで自分の国の防衛が出来る能力を持っている国は米国くらいでしょうね。

 ( ̄◇ ̄;)<だったら米国に対しては集団的自衛権での協力は必要なし、ということになるのでは?w 護ってもらう代わりに、日本もある程度の犠牲はやむを得ないということでしょうか?

 どうせ、米軍の【弾避け】の為に利用され、大勢の日本軍兵士が犠牲になるのは目に見えている。



そんな中、鳩山さんと小沢さんの動きで日米同盟がギクシャクという感じになりましたけど、
今後、どうなっていくべきだと安倍さんはお考えですか。


 かつては、アメリカはスーパーパワーでした。 しかし、財政上、だんだん厳しくなるなかですね、なんでもアメリカに全て任せるっていうわけにはいきません。

 日本も大きな力を持ってますから、つまり、より対等な関係になって、そのためには当然、集団的自衛権の行使も必要なんですが、そのうえにおいてですね、対等な立場において世界中のあらゆる問題に対してお互いが協力をして、その解決のために努力をしていくと、いうことが大切ではないかと思います。



 米国の軍産複合体を儲けさせる為に【戦争が作り出される】という事をなにげに知ってしまったわけですが、そういった戦争ビジネスの犠牲に日本の兵士がなるようなら問題です。

 ですから、本来は現状維持の方が日本は安全だと思うわけです。 
支那だって、丸腰の日本に対し武力、ましてや核など打ち込めるはずもなく(確実に世界から沙汰される)、戦争より国内事情(バブル崩壊で経済状態の悪化や人民の統制)でそれどころではないのではないでしょうか。


「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して、我らの安全と生存を保持しようと決意した」とありますが、そもそもこの前提が今、崩れていると感じる方、多いと思うのですが、一方で平和を愛する諸国民とは言えない国に対してはですね、憲法は適用されていない、という見方、考え方もあるようですが、この点は安倍さんはどうお考えですか。

 平和を愛する諸国民て誰ですか!?ってことなんですねw 
この66年間ですね、じゃぁ、その国っていうのは国連の安全常任理事国ですか? アメリカだってずっと戦争をしてますよね。 イギリスだってそうですよ! フランスだってそうでしょ、ロシアだってそうですよね。 中国だってまさにそうじゃないですか! どこもいないんですよね!

 ですからこれはまぁ、インチキなんですよ!

 日本は戦争に負けましたから、敗戦国はね、「お前、詫び状文書け」って言っても、詫び状文をしかも自分で書いたわけじゃないですよ。 
これは云わば、アメリカの25人の中の一人がですね、たった一人の人物がこれを書いたんですよ。

 で、ここにこう書いてあるんですよ!平和を愛する諸国民の後にね、「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」と、専制や隷従、圧迫と偏狭というのはね、無くさなければいけないと考えている主語はね、日本人じゃないんですよ! こう考えているのは平和を愛する諸国民、この人たちがこう考えているから、この人たちに褒めてもらおうじゃないか!!と、こう書かれているんですね。

 まことにいじましいでしょ! こんないじましい文章を66年間もよく大切に保管できましたよね! 
まぁ、もういいでしょ! これは。



ですからこれはまぁ、インチキなんですよ!

 ( ̄◇ ̄;)<インチキなんでしょ! だったら無効になぜ、しないのでしょうか!? 過半数で済むし、国民投票などしなくても良いのだし、本来、道義的にやるべきは「無効宣言」でしょう!

 それか、一定期間、表向き 「9条の停止」を行い、尖閣に不法侵犯を行う支那漁船に対して武力行使で追い払うしかない。


さて、国民投票法が成立したわけですけど、どうすればこの憲法改正に向けて前進出来るんでしょうね。

 やはりですね、国民投票法ができました。 
ただ、残念ながらですね、国民投票法が出来てこの3年間の間に投票年齢を、この国民投票においては20歳から18歳ていうようにしたんですね。 云わば、一般の投票権は20歳ですね! それを18歳にしました。

 そのための様々な民法との関係をちゃんと整備する、或いは公務員の法律やなんかをちゃんと決めていくという、3年間の間にやっていこうという事だったんですが、民主党が一切、それに応じなかったものですから出来ませんでした。 
しっかりとそのことを私達の責任でちゃんとやっていく。

 同時に、実際に国民の皆様がこの憲法改正に参加できるようにするためには、3分の2を、2分の1に変えなければいけないと思いますね。



同時に、実際に国民の皆様がこの憲法改正に参加できるようにするためには、3分の2を、2分の1に変えなければいけないと思いますね。

 憲法改正というのなら、真の憲法である大日本帝国憲法です。

 ( ̄◇ ̄;)<上から降ってきた憲法と表現されるくらいですから、真の憲法などとは認めたがらないのかもしれませんが、これは帝国憲法を裁可された明治天皇に対する不敬でもあると思うわけです。

 しかも、国のあり方を簡単に変えられるようにしてしまうやり方など本来はあってはならないことです。


最後にですね、世界のリーダーとしての日本のあるべき姿、未来ビジョンですかね、これを是非とも安倍さんの口から聞かせて頂きたい。

 この前文の最大の問題の一つは、全て諸外国にお任せをします、という態度なんですよ! 
そうではなくて、私達自身がですね、世界の理想の姿はこうあるべきだ!!!と、堂々と述べるべきなんですよ。

 そしてアジアはこういう世界にして行きたいと、そのなかにおいて日本こういう責任を果たしていきますよ、その責任も明確にしていく! これが今、日本が世界から求められている姿ではないかと思いますね。

 中国が例えば、南シナ海、東シナ海でですね、我が物顔にですね、資源を自分たちのものにしようとしているかの如くの行動をとってますね。 また空母艦隊を3隻持とうとしている。 
そういうなかでアジアの国々はやっぱり日本にもっと役割を果たして欲しいと思っているんですよ。

 そのなかで、そういう安全保障においての役割を示していくことにおいては、ちゃんと理想を示して、そういう理想の中で皆さんと協力をしてこういう行動をしていきますよ、という事をですね、アジアの人たちに宣言をしていく、そのうえにおいて行動をしていく事が日本は求められているのではないかと思いますね。



 違法な憲法を改正して米国の戦争ビジネスに日本人を利用し、米国を儲けさせるだけとういのが目に見えています。

 まず道理的に正しい道筋で憲法問題を解決しようと決心してからご立派な事を言うべきではないでしょうか。





■■憲法改正の罠■■

 まぁ、ハッキリ言って「無効」から「改正」に切り替えたところを見ると、「無効」とすることを米国に反対をされたというのが多方のところでしょうが、米国からしてみれば日本国憲法を「無効」とすることは、日本は侵略戦争をしたというプロパガンダも無効となり、日本に行なった数々の悪行(民間人に対するミサイル、核攻撃など)が正当化できなくなる恐れがあり、非常に都合の悪い状況におそらくなるでしょう。

 私が改正をすることによって恐れていることは、まず一つは、GHQの暴挙によって作られた日本国憲法を改正するということは、そのものが法として有効であるという前提があるわけですが、そうなるとGHQの暴挙を正当化させ肯定してしまうことになる。 

 そして、もう一つは、改正の条件として日本国憲法の精神(基本原理)ともいわれる、「国民主権」「平和主義」「基本的人権」という実は恐ろしいアカの思想を改正憲法に継承させなければならないということで、日本人の手によって共産主義憲法(共和国憲法)を成立させてしまうことになる。

※「国民主権」「平和主義」「基本的人権」の恐ろしさを知りたい方は、【長谷川三千子 国民主権】などのキーワードで動画を検索してみてください。

 これまでは、米国GHQから無理矢理に押し付けられたものであるという大義名分から、なんとか国体(天皇家)は護れたものの、日本人自らが共産主義憲法を成立させることは、天皇家を否定してしまう恐れも出てくる。

 改正にはこれらの【罠】があるということ。



 そして、憲法改正は米国GHQの暴挙を正当化させ、日本が侵略戦争を行なったというプロパガンダを未来永劫、正当化させ、日本を貶め国力を削ぎ弱体化させるためのディスインフォメーション(偽情報)なのではないか、ということ。

 別に憲法改正が成功しようが、失敗に終わろうが、改正までの手続(国会での議決、国民投票)に及んだ時点で日本国憲法に正当性を与えるのだであり、以降、一度でも改正手続に及んでしまえばまず「無効破棄」は不可能になるでしょう。 有効だから改正の手続に及んだのであり、有効なものを無効だとは言えなくなるでしょう。

 改正が成功し、新しい憲法が成立してしまえば尚更危険です。 天皇陛下により裁可されれば、それが真の憲法となってしまう。 100%「無効破棄」は不可能になります。

 つまりですね、実質的な共産国にして天皇家の壊滅を目論み、更なる日本人の弱体化を進めようとする勢力の思う壺であり、自ら罠にはまり込んで、その罠が二度とハズれなくなる。

 在特会の桜井会長も仰っていたように、何か事が起こってから文句を言ったり、後悔しても遅いのです。 憲法改正をして交戦権が行使でき、国防軍ももてたしこれで安心、安心、なんて思っていたらとんでもない!という結果が必ず待ち受けていることでしょう。


 改正派の中には、「無効破棄」なんて所詮は不可能だと根拠もなく思い込んで、いくら危険性を添えて警告をしても一向に聞かない者が多いですが(危険性が理解できないのか? 確信犯なのか?)、黙って自民党のやること見ていたらそりゃぁ、不可能です。 

 まず、TPPや外国人参政権、人権法などの成立に断固として反対し抗議をしていったように憲法問題も同じく政府に対して物申して行かなければ政府は動きません。 無効破棄は不可能だから改正するしかない、なんていうならこれはハッキリ言って売国行為であり、国体破壊に加担することにもなる。 なのに改正は保守的行為だと信じて疑わないバカタレが多すぎるというのも、国難の一つである。


 ここで警告したことは必ず起きることであり、自民党や似非保守におおられ改正に向かうことに一歩立ち止まって少し考えて頂きたいのです。

 本当にこの国の事を思うのなら。



Category : ★憲法問題
Posted by 桜咲凛香(さくりん) on  | 0 comments  0 trackback

『帝国憲法の盲信とかやめて欲しい!』などと言う国賊・改憲推進派に物申す!

帝国憲法の盲信とかやめて欲しい!

某保守系SNSにて上記のような勘違い発言をしている改憲推進派が存在する。

因みに私自身は、【日本国憲法無効宣言にて破棄】という従来の【日本国憲法無効論(南出氏が提唱する新無効論ではありません。)】を評価、支持する立場です。 つまり、現在、自民党(安倍政権)が政権公約に掲げ推進している日本国憲法改正には大反対であるという立場でもあります。


ここでは何故、上記のような立場を支持するのかという具体的な理由は控えます。(日本国憲法の理不尽な成立過程についてネット上又は文献などで調べて頂くとわかると思います。)



まず、日本国憲法無効論というのは、簡潔に述べるなら、【成立当時から憲法としての効力など無かった】 【憲法の概念には該当しない代物】 【最初から憲法として存在していない】という事を前提としている。


日本国憲法に憲法としての効力が無いという事は、日本国憲法の条文、特に憲法改正の視点から云うと96条の改正規定そのものに憲法としての効力が無いということになる。 そのため、日本国憲法を96条の改正規定に従い改正するという事は本来有り得ない事であり、法理論上、矛盾した主張となる。


また、96条に従い改正する事で大きな弊害も伴う。


日本国憲法が成立したのは、大東亜戦争でGHQ連合国軍に日本が占領された時代(連合国統治領日本の時代)ですが、そもそも日本側の主権や自由意思が一時的に消失してしまっていた時代に、主権の発動たる憲法など新たに成立させられるはずがないのですが、日本側の手足を強引に縛り付け、弱体化させる為に軍事力と天皇陛下の命を盾にGHQによる草案(マッカーサー草案)を日本側に一方的に押し付け、帝国憲法の改正規定を無視し強引に成立させられてしまった。 これは国際法違反である。(ポツダム宣言違反、ハーグ陸戦条約43条違反)


無効であるというのは、上記のような国際法違反、そして国内法違反(帝国憲法の改正規定に違反)が伴うからであるが、この無効な日本国憲法の96条に従い改正をしてしまうと、【GHQに脅迫によって押し付けられた憲法】という大義名分が失われてしまうことになる。


つまり、日本人自らが日本国憲法を【憲法】とみなし96条に従い改正するという行為をすることにより、日本国憲法の本質である【GHQ占領基本法】又は、【日本人弱体化&日本共産主義化プログラム】から、真の【日本国憲法】にしてしまうことになるわけです。 要するに【憲法として正当化】させてしまうことになる。



実はこれが非常にマズいことになるわけですが、理由は、GHQ連合国軍の日本側に対する無法行為(暴挙)を肯定し、無法行為さえ正当化してしまうことになるからです。



そしてこれがどういう所に行き着くかというと、【日本には国際法に反して無法行為をしても許される。】という危険なメッセージを諸外国に送ることにもなります。



日本国憲法無効論は法的観点からだけではなく、国益の観点など総合的に見て無効を主張しているのであります。



そして、国家として国民に向けて無効宣言を行い、日本国憲法を【憲法として破棄】する事になれば自動的に帝国憲法(大日本帝国憲法)に戻るわけです。 つまり、日本国憲法は大日本帝国憲法を全面改正して作られたものであるため、日本国憲法が無効となれば自動的に帝国憲法に戻るということになるわけです。



無効論はこの理論を前提として帝国憲法に戻り、現代に合うよう改正し、再び、帝国憲法を真の憲法として成立させるべきだ!と主張しているに過ぎないわけです。



まず、日本国憲法の改憲推進派は、『無効論派は帝国憲法を復活させたいが為に日本国憲法の無効を主張している』と誤解をしているようなのであるが、これがまず大きな誤解をしている。



そして『帝国憲法の盲信はやめて欲しい』と主張しているようですが、盲信もなにも明治天皇により正当な形で公布された憲法であり、その憲法を不当な形で全面改正させられたのであれば、私達日本人がデタラメな偽憲法である日本国憲法を捨て去り、真の憲法(帝国憲法)を再び復活させる事は当然の行為であり、日本の真の国体を復活させる事と等しい行為である。 別に盲信をしているわけではないのである。



何をどう捉えればこういう妙な誤解を生むのかよくわからないが、今まで散々、日本国憲法の不当で理不尽な成立過程を説明し、相手もそれを十分承知であるはずだが、それにも関わらず日本国憲法を【憲法とみなし】改正を叫んでいるのであるから、まず日本国の国益より自己の思想、信条、価値観(帝国憲法が気に入らない)を優先して改憲を主張しているのはまるわかりである。


まず、日本国憲法を【憲法とみなしている】時点でGHQ連合国軍の無法行為(日本側に対する暴挙)を肯定しいているのと同様であり、こういう者が『帝国憲法の盲信はやめて欲しい』などと偉そうに言えること自体が日本人として恥ずべき発言であり、明治天皇に対する侮辱発言以外のなにものでもない。


『今更、明治の体制など受け入れられるか!バカバカしい』と云って傲慢チキな発言を平気で行い、挙句の果てには『帝国憲法の盲信とかやめて欲しい』とぬけぬけと言える事自体が異常であるとしか言いようがないが、本人はこれを異常なことと思っていないから救いようがない。


こういう日本人が存在するのは、戦後教育(日教組によるWGIP:認罪教育、自虐史観の植え込み)によるものが大きいのかもしれないが、だからと云って残念がってばかりもいられない。


この憲法の問題というのは、未来の日本を背負って立つ日本人(子々孫々)にまで影響を及ぼす大問題でもある。


あのような傲慢チキなものの考え方をするような人間をこれ以上、増やさない為にもひたすら日本国憲法の実態を周知し、正しい道筋を説いていくしか方法はない。


諦めずやっていくしかない!!



Category : ★憲法問題
Posted by 桜咲凛香(さくりん) on  | 0 comments  0 trackback
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