★さくりん護国情報室★ | 日本を護るお手伝いをさせてください。 日本社会の動向(国益を損ねる反日・売国行為に手を染める危険人物と政策などの重大ニュースや気になる情報など) そして世界の動向(日本に影響を及ぼす重要な情報)をお伝えして参ります。 併せて自主的な活動レポも書き記して参ります。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Posted by 桜咲凛香(さくりん) on  | 

〝天皇〝と呼び捨てにするのはやめましょう!

 我が国の元首であり、誇りある国体の中心にあらせられる天皇陛下をお呼びする時の「呼び方」について問題視し言及されている記事を拝見し、私自身もとても考えさせられ、本来はこうであるべきと心底思いここから記事をお借りして周知させて頂こうと思います。


 小学校教科書・天皇と呼び捨て せと弘幸BLOG『日本よ何処へ』より転載
 http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/52627233.html

 (2011年01月11日の記事より)


君主国家にあるまじき愚行に怒り

教科書 陛下“呼び捨て” 小6社会3社、皇室軽視強まる

 
天皇陛下に敬称を付けず“呼び捨て”の記述が文部科学省の教科書検定をパスし、今年4月から小学校6年生の教科書として供給・使用されることが10日わかった。巻末の用語の索引に「天皇」を盛り込まなかった教科書もあった。

 天皇、皇后両陛下はじめ「皇室軽視」の傾向はこれまでも教科書でみられたが、学習指導要領では「天皇への理解と敬愛の念を深める」よう求めている。専門家からは「指導要領の趣旨が教科書に十分浸透していない」との批判の声が上がる。

 敬称がない表記があったのは、小6社会の教科書。文科省の検定を通過した4出版社のうち教育出版と日本文教出版、光村図書の教科書が、陛下ご自身が写った写真を説明する際に「文化勲章を授与する天皇」「インドの首相をむかえた天皇」と表記していた。

 2つの教科書を出す日本文教出版は、別の教科書でも天皇、皇后両陛下の写真説明を「福祉施設を訪問される天皇と皇后」と表記。「される」と敬語はあるが敬称はなかった。

 「天皇」という地位自体の説明は、憲法や法律、指導要領でも敬称を付けずにただ「天皇」と記述し、新聞や出版物も同様。しかし、陛下ご自身の行動や表情などを伝える際には必ず敬称をつけるのが一般的。
 しかし、教科書は陛下に敬称がなく、一方で一般国民や外国人らの名前には「被爆体験を持つ○○さん」「緒方貞子さん」(元国連難民高等弁務官)などと敬称があった。

 東京書籍は“呼び捨て”はないが、教科書の重要語を並べた巻末索引に「天皇」はなし。一方で「内閣総理大臣」「ユニバーサルデザイン」などはあった。

 過去の小中高の教科書でも「仁徳天皇陵」の記載が括弧書きや「大仙陵古墳」「大山古墳」「仁徳陵」として検定をパス。「皇太子明仁」の記載が「明仁皇太子」となったり、皇后陛下を「正田美智子」とした記載がパスしたことがあった。

 皇室や教科書問題に詳しい高崎経済大学の八木秀次教授は「憲法上の『天皇の地位』は、重い。国民の敬愛を受ける存在で、教科書では敬称を付けるべきだ」と話すが、文科省は「教科書記述の内容に誤りがあるわけではない」とする。

産経新聞社報道



 「天皇陛下」という呼び方から陛下を取って天皇とだけ記載するなどということは本当にケシカラン事であり、産経新聞社がこれを報じたことは当然で、この教科書会社とこれを許可した文部科学書には強く抗議したい。

 特に今回の天皇陛下の表記問題は写真の説明に当たってのものです。本来このような場合は敬称をつけるのがあたり前で、世間では常識と言えます。それを守ることも出来ないような教科書会社と文部科学省には断固抗議しなければならない。

 来賓客に対して天皇陛下が君主としてお会いしている写真の説明から敬称を省くということは明らかに意図的な動きと思われても仕方がないでしょう。
 国民統合の象徴であり尊敬の念を集める天皇陛下から何故に敬称を取る必要があるのか、さっぱり理解不能と言うしかありません。

 左翼や在日朝鮮人などは日本解体の最大の攻撃目標として皇室に狙いを定めてきました。日本を守るという戦いの最終局面はやはり皇室を御守りするということになります。

 一昨日の『在日特権を許さない市民の会』の講演において、私は日本は神の国であると宣言させて頂きました。
 その意味はもうここで説明しなくても読者の方々がお分かりのことです。

 日本を守る神々の頂点に立つ天照大神の祭主を代々お務めになってきた高貴な方です。
 日本民族は2600年の長きに渡り、この皇室と共に歩んできたまさに世界に類を見ない民族であります。

 その天皇陛下に対して何らの尊敬の念も抱かないという、それも子供に教える教科書を作る会社がそのように取り扱うということは、とてもじゃないが到底信じられるものではありません。

 日本は我々が想像する以上のスピードで、反日勢力の侵蝕が進んでいることに改めて危機感を表明しておきます。
 何としてもこの流れを止めなければなりません。



 「陛下」という言葉の意味について、改めて調べてみると以下のような意味があるようです。
-----

 陛下
 陛下(へいか)は皇帝・天皇の敬称。転じて国王の敬称としても用いられる。また、日本では皇室典範の制定以後は、后位(皇后・皇太后・太皇太后)の敬称としても採用される。

 尊敬の対象を直接呼び掛けることを忌むことで敬意を示す敬称であり、「玉座、高御座(たかみくら)の陛(階段)の下においでのお取り次ぎの方にまで申し上げます」程度の意味。元は中国・秦において採用されたとされ、後漢の蔡邕の説によれば、「陛」とは皇帝のいる宮殿の階段のことであり、皇帝に上奏する者は「陛」の下にいる侍衛の臣にその内容を告げて奏し、侍衛の臣が上奏者に代わって上奏したことに由来したという説を唱えている。

 日本では律令法の「儀制令」において天皇に上奏する際の敬称として「陛下」が採用されて以来、天皇に対してのみ使われる敬称であったが、明治時代に皇室典範が制定された際に天皇に対する一般的な敬称として定められると同時に国母に対する敬意を表するために三宮(皇后・皇太后・太皇太后)に対する敬称としても用いることが許されるようになった。

 また、広義には、皇帝や国王に相当する地位にある者(皇后、王妃、スルタンなど)への敬称としても用いられ、この場合は例えば英語のYour/His/Her (Imperial, Royal, etc.) Majestyとほぼ互換出来る。
-----


 上記はWikipediaからの記事ですが、「〜程度の意味」という表現がなんとなくひっかかるというか、首をかしげてしまったわけですが、意味も完全ではないですがそこそこつかめたような気がします。

 要は天皇に対する敬称として用いられる言葉ということで、やはり「天皇陛下」と、特に我々、天皇陛下の臣民なら〝天皇”と呼び捨てにすることはあってはならないこと。

 最近、いろいろと保守系論壇が語る動画を拝見させて頂いて感じたことは、躊躇なく「天皇」と呼び捨てにして語っている人を結構、見かける・・・ 「あれ?その言い方で良いのか??」と疑問に感じるところが多く、なんとなく嫌な感じを受けつつ・・・ そして今回、せと弘幸さんの記事を拝見し、あ〜やっぱり良くないんだ!と確信がもてたわけです。


 私の場合、【桜咲凛香】ですが、他人から「桜咲」 「桜咲凛香」と呼び捨てにされているようなもので、ましてや国家元首たる天皇陛下を示して「天皇」とだけ呼ぶ言い方は絶対に慎むべき・・・ というかやめるべきでしょう。

 なんとなく思うのは、日本国憲法の根本原理(3大基本原理)の一つである【国民主権】、つまり国民に主権がある、国民が主権者だ!と日本国憲法に示してあり、これプラス【表現の自由、言論の自由(公の秩序に反しない限り認められているが・・・実際はこれが機能していない)】が保障されている。 つまり日本国憲法は傲慢で身の程を知らない愚かな人間を生み出す害毒であり、根のところではこの害毒が原因でこういう事態が起きているのではないだろうか、とアンチ日本国憲法の私、桜咲は思ってみたりもします。w

 天皇制は永久に廃絶すべき」なんて言って平気でブログなどに書いている愚か者もいるようですが、そもそも【天皇制】なる制度なんてこの日本には最初から存在しない! 元々、天皇制という「造語」を作り出したのは共産主義者(コミンテルン)だと言われていますが、制度といえば廃止可能なものとなりますから絶対に【天皇制】という造語など認めてはならないですね。 

 天皇陛下並びに天皇家の存在は日本の皇統に基づく伝統であり、最も重要な国のあり方(国体)、これを単なる制度に置き換え廃絶すべきなんていうのは、まさに傲慢で身の程知らずの愚か者の思考だと、ハッキリとここで書かせてもらいます。


 考えてみれば、日本国憲法というのは【共和制(君主の存在しない国家のシステム、云わば共産主義国に多い)】そのものの憲法であり、しかし現実には天皇陛下という君主が存在している、このちぐはぐで矛盾した今の日本の政治体制を真っ当なものにしないと(憲法は君主国に相応しい大日本帝国憲法に戻す)根本的な解決には至らないだろうと思いますが、現時点では1人ひとりが天皇陛下や天皇家について正しい理解を深め、どのように見つめていかなければならないのかということだと思います。

 せとさんも書かれているように、この日本には日本の伝統、文化、政治システムなどを破壊し、日本を日本でないものにしようとしている不逞な勢力が存在しますが、どうすれば日本が日本でなくなるのか、それはまず天皇家の解体(破壊)にあるとわかって天皇家を貶めるわけですが、私達、国思う日本人が最もやらなければならないのは、この不逞な勢力から天皇陛下と天皇家をお護りすること(国体護持)

 このことをまず忘れてはならないと思います。


 



仁徳天皇 民のかまど


 「民のかまど」のお話は結構、有名だとお思いますが、これがまさに誇りある日本の国体だと思います。 真実の国体を知れば、「天皇制は永久に廃絶すべき」なんて口が裂けても言えなくなると思います。






 
 「民のかまど」のお話を巧くまとめられている記事がありました。 産経新聞の記事を引用されて書かれている内容を拝見し、まさに天皇、皇后両陛下のお姿に「民のかまど」を見たような気がします。 思わずジーンときました。(感涙

 学校などの教科書にもこの「民のかまど」のお話を載せるべきでしょうね。 いくら学習指導要領に「天皇への理解と敬愛の念を深める」としても・・・ 何故、敬愛の念を深めんきゃいけないの?となりますし、まず日教組が幅をきかせている教育現場では要領どおりにはなかなかいかないと思います。(この民のかまどのお話を載せることも日教組によって阻まれるでしょうが・・・;)



 民のかまど 神社のススメ ~神主のひとりごと~より転載
 http://jinjakannushi.blog89.fc2.com/blog-entry-882.html




「高き屋に のぼりて見れば煙立つ 民のかまどは賑わいにけり」

ある日、仁徳天皇が難波高津宮から遠くをご覧になられた。すると人々の家からは少しも煙が上がっていないことに気付いた。天皇は「民のかまどより煙がたちのぼらないのは、貧しくて炊くものがないのではないか。都がこうだから、地方はなおひどいことであろう」と仰せられ、三年間、税を免除されました。税を免除したために朝廷の収入はなくなり、宮殿は大いに荒れました。天皇は衣を新調されず、茅葦屋根が破れ、雨漏りがして、星の光が屋根の隙間から見えるという有様でした。

三年がたって、天皇が同じ高台に出られて、遠くをご覧になると今度は、人々の家々から炊煙が盛んに立つのをご覧になり、一緒におられた皇后に「我は豊かになった。喜ばしいことだ」とおっしゃいました。
皇后は「変なことをおっしゃいますね。衣服には穴があき、屋根が破れているのに、どうして豊かになったといえるのですか」「国とは民が本である。その民が富んでいるのだから、我も富んだということだ」とこう申されました。

天皇は引き続きさらに三年間、税を献ずることをお許しにならず、六年が経過して、やっと税を課して、宮殿の修理をお許しになりました。
すると人々は命令もされていないのに、進んで宮殿の修理をはじめ、またたくまに立派な宮殿ができあがったといいます。 それ以来、人々は天皇を「聖帝(ひじりのみかど)」とあがめるようになりました。


この「民のかまど」のはなしは先日の産経新聞の記事になっていました。
以下記事引用

この「民のかまど」の精神は歴代の天皇に脈々と受け継がれてきたようだ。
昭和天皇は戦後間もなく全国を巡幸された。着ていかれる洋服がみすぼらしいと、周囲は新調を勧めたが「みな着るものにも不自由しているのだから」と、断られた。学校の板の間にゴザを敷き、黒いカーテンをかけお休みになったこともある。

今の天皇、皇后両陛下が、大震災の後に「自主停電」されているという話にも鼻のあたりがツーンときた。15日から「第1グループ」の計画停電の時間に合わせ皇居・御所の電気を切っておられる。実際に停電にならない日も、予定通り続けておられるそうだ。

天皇陛下は77歳のご高齢である。以前には前立腺がんの手術も受けられた。それなのに「寒いのは(服を)着れば大丈夫」と、その間は暖房も使われない。ろうそくや懐中電灯を使いながら、暗い中で夕食をとられたこともあるという。
それほどまで国民に思いをはせておられる。そのことを知れば、被災地で苦難の生活を強いられたり原発の修復にあたったりしている人々にこれ以上にない励ましとなるだろう。身勝手な買いだめなど決してできないはずだ。





スポンサーサイト
Posted by 桜咲凛香(さくりん) on  | 0 comments  0 trackback
このカテゴリーに該当する記事はありません。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。